一つ、バーナビー・ブルックスJr.は多くの生徒に愛される存在である。よって、特定の一名が独占し、恋仲になるための争いは避け、当ファンクラブ会員は一切の抜け駆け行為を禁ずる。

一つ、公平性を遵守するため、呼び名は、一年・ブルックス先輩、二年・バーナビー先輩、三年・バーナビーと呼ぶことを許可する。あだ名等の距離感を縮める行為は禁ずる。

一つ、何よりも、バーナビーの幸福を願い、一切の迷惑行為を禁ずる。

ファンクラブ会長 *名前


NEXTに覚醒して良かったことなんて一つもない。私生活では浮いてしまい、一人気配を消して息の詰まるような毎日。自分の能力に戸惑っているのは私自身なのに、周囲はそれ以上に戸惑っていると責め立てられる。心と体がバラバラになってしまったようだった。生きづらい世の中、辟易する毎日。

暗い気持ちから、逃げるようにして入学したヒーローアカデミー。ここでならば、私と同じようにNEXTに覚醒した人がたくさんいて、きっと私も自由にやっていけるだろうという配慮だったけれど、正直、その時までは申し訳なさとやり場のないささくれ立つ心にどうしようもできなかった。

そんな私を救ってくれたのが、バーナビーだった。

入学式で見かけた彼。
月色のブロンドに、透き通ったビリジアンの瞳。精悍な顔つきで、淀むことなく背筋を伸ばした彼は、私と違う世界のような気がして。一目で心を奪われ、気がつけば目で追っていた。彼は学校一の優れたNEXTで、能力にも恵まれ、周囲の期待を背負っていることがすぐにわかった。

あっという間に人気になっていく彼を、どこかの女の子が独占するだなんて許せなくて、私は彼のファンクラブを作った。条約を決め、周囲の恋愛がらみのいざこざを抑え、誰も近づけないようにしたのだ。彼をヒーローになることに集中してもらうために。

本当は、どこか寂しげな彼の笑顔の影に気がついていた。でも、嫌われるのが怖くて私は近づくことすらできない。けれど彼という存在が誰かに取られてしまうのも怖い。そんな本心を、「バーナビーを守る」なんて取り繕ったような隠れ簑で隠して。

私は、嫌な女だった。

そんな茶番も、今日で終わり。

私の恋は、終わりを告げる。

私は今日、このヒーローアカデミーを卒業する。

**静まり返った教室。もう誰も残ってはいない。卒業を迎える今日のため、ロッカーや机の中の荷物は、すべて各時で処分してしまった。整頓された教室。生徒達は皆、すでに外で記念撮影や最後の思い出の一時を楽しんでいるのだろう。

私は一人そんな人垣を外れ、教室に残っていた。



黒板には、卒業おめでとう!と大きく書かれた文字を中心に、様々な思い出の断片が描かれている。皆の笑い声に混じって啜り泣く声が、遠くに聞こえる。なんだか苦しくて、甘酸っぱくて、あぁ、思っていたよりもずっと、私はこのアカデミーでちゃんと青春をしていたのだと、じわじわとこみ上げるものがあった。

友達がいて、ファンクラブの後輩たちが居て、何よりも、バーナビーが居て。

「バー…ナビー…」

後ろから二番目、窓際の彼の席の前に立つ。
すでに席の主は卒業した。彼の色を失った机は、指先にすこしだけひんやりとした感触をのこす。この学び舎で彼と出会い、恋をして、そして想いを告げる勇気もなく、私は卒業していく。

伝説のヒーロー・レジェンドが創設したこの学校は、私達NEXTを守り、育て、この能力は人を守るためにあるのだと教えてくれた。NEXTと、そうでない人、互いに協力して生きることができる。その術が、ヒーロー。

私の大切なバーナビーは、再来期のシーズンからヒーローとしてデビューするのだと、先生方の噂で聞いた。

「すき、だいすき…でした、」

涙が、でるほどに。

「すき…バーナビー…ずっと……!」

ヒーローになったその後も、ずっと、ずっと、

彼の机に、涙の粒がほたほたと垂れる。
そろそろ、行かなくては。
外で友人達が待っている。

さぁ、いかなくちゃ……

「…名前?」
「…っ!!」

顔を上げると、思い描いたその人、バーナビーが教室の後ろのドアに立ってた。いつからいたのだろうか、すこしだけ驚いたような顔をして、すぐにその表情はいつものものへ戻った。

「ご、ごめんなさい…窓の外を、見ていたの。バーナビーは?」

涙を、卒業式の感傷の所為にして。
濡れた頬を隠して笑うと、こちらへゆっくりと歩みを進める。

「忘れものを、してしまって。」
「こちらのお席に?」

バーナビーに席を開けわたすようにすると、バーナビーは小さく首をふる。

「いや、席ではなくて…」
「…え?」

バーナビーの視線は、机でもロッカーでもなく、私を捉えている。まっすぐに、翡翠の瞳で射抜かれる。彼の全てが愛おしくて、私は呼吸が苦しくなる。
二人きりになる勇気が無く、自身の条約で縛っていたため、こんな状況は初めてだ。

「名前を、」
「バーナビー…?」
「名前を、迎えにきました」

一息に、顔に熱があつまる。
バーナビーの手が私の手首を掴み、ぐっと引かれ、私は彼の胸の中におさまった。

「こ、こんな、ファンクラブの皆が見たら…」
「だから、卒業するのを待ったのでしょう?」
「そ、そん、な…」

出会って初めて触れるバーナビーの体温。
これは、現実なのだろうか。
耳元に聞こえる心臓のおと。
うろたえる視線をあげれば、すぐ近くにすこしだけ意地悪く上がったバーナビーの口元が見える。私の思考回路はショートして、ぱちぱちと星をとばす。

「ど…して…」

「ずっと、名前のことが好きでした」

そして初めて触れる唇。
優しく触れるだけのそれ。

「卒業しても、僕のファン…いや、恋人で居てくれませんか」

あぁ、神さま、この先もずっと彼に恋をしてもいいというのですか。


卒業式の、青く澄み渡った空とバーナビーの月色の髪だけが、私の視界は、幸福の涙に滲んで揺れた。




泣きたくなるくらいに焦がれる。



(どうして、在学中に言ってくれなかったの…)
(僕のファンクラブ…なんて頑張ってる名前が可愛くて、つい)
(…っ!)

ちゅ、






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