「なんで貴女はいつもいつも僕のいるところにばかり現れるんですか」


ギッ、と目の前のバーナビーに睨みつけられながらも私はへらりと笑う。

バーナビーはそれが気に食わないのか「いい加減にしてください」と私に怒り、やはりまた同じように私を睨み付けてくる。

そんなバーナビーの言葉に、私はまたへらりと笑う。

「私が貴方のいるところにばかり現れるんじゃなくて、貴方が私のいるところにばかり現れているんでしょう?」

そうして私はあっけらかんと、流れるようにそう言ってバーナビーを見る。

「なんで僕がわざわざ貴女なんかに会いにこなきゃいけないんですか。うぬぼれるのも大概に…」

「そんなこと言ったら貴方も大概うぬぼれてるわよ。私だってわざわざ貴方のいるところに行きたいなんて思ったりしないもの」

あはは。
と、私はやはりへらへらと笑いながらバーナビーに言う。
そうすると予想していた通りにバーナビーは踵を返して「貴女には付き合いきれません」と私に背を向け歩き出す。

「私は貴方と出会いたいだけよ」

「どういうことです」

「付き合いきれません」なんて言いながら、私が声を掛けるとそんな言葉を返してくるのだから、バーナビーという人は中々律儀だと思う。
それもちゃんと振り返ってくれるのだから、なんだかんだで紳士的だ。

「そういうことよ」

「意味がわかりません」

「出会いたいと願っているだけ。ただそれだけのこと」

「抽象的すぎて理解ができません」

「何処かで偶々会えたらいいなって、考えているだけ。別に、貴方のいる所に行きたいと思っているわけじゃない」

バーナビーさんは怪訝そうな顔をして、迷惑そうな顔をして、私を見る。

「なにが言いたいんです」

「だから、さっき言ったじゃない。『私はわざわざ貴方のいるところに行きたいなんて思ったりしない』って。『私は貴方と出会いたいだけ』。それで私と貴方は、偶々此処で出会ったの。そういうことよ。でも貴方、私の行く先々に何故かいるんだもの。そう考えれば確かに、私がわざわざ貴方のいる所に行ってるなんて勘違いして当然よね」

私は一人で「うんうん」と頷きながら、独り言のようにそう言って、今度は私がバーナビーから背を向ける。

私の言葉の意味なんて、わかってもらえなくていい。
そもそも、理解してもらおうと思って発した言葉ではないから、どうだって。

「だけどね、貴方も過敏になりすぎだと思うの。私と出会うのが嫌なら、わざわざ私に気付かなければいいだけのことじゃない。大体、私はシュテルンビルトの市民なのよ?この辺りを歩いてたってなんら不思議はないでしょう」

そして、肩を竦めておちゃらけながら私は長々と言葉を繋げていく。

こんな言葉を聞いている人間からしてみれば、こんなに長い言葉を聞き続けるというのは面倒な事この上ないんじゃないかと思うのだけれど気にしない。

だってなんだかんだでバーナビーは律儀なんだから。

例え返事は返さないとしても、話は最後まで聞いてくれるって知っているから。

「…別に、貴女と会うのが嫌なわけではありません。ただ、貴女に会うとどうしていいのかわからなくなるだけで。貴女と居ると心が落ち着かないんですよ」


「うん?」

突然の言葉に思わず私は首を捻る。

返事なんて、返ってくるなんて微塵も思っていなかったから。

しかし私は首を捻るだけでそれ以外は特に何もしないで、勿論バーナビーからは背を向けたままで、立ち尽くすように立ち止まる。

「それこそ、どういうことなの?」

それでも、疑問に思ったことはするりと通り抜けるようにぽつりと零れて。

「名前さん」

「なに?貴方が私の名前を呼ぶなんて珍しいわね。バーナビー」

「僕にはこの気持ちの意味も、貴女への想いを形容する言葉もわかりません」

コツコツ、と、バーナビーがこちらに歩いてくる音が聞こえる。

「でも、何故か過敏になってしまうほど名前さんに気付いてしまうんです。心の底で、出会いたいと思う自分がいるんです」

そして、近付いてきたバーナビーに手を取られ、思わず私はバーナビーの方へと振り返る。

振り返った先のバーナビーの表情はとても曖昧で、戸惑うようなものだった。

「だけど、出会うと落ち着かなくなる。こうして触れて離したくないという気持ちになる」

なんだか泣きそうな顔をしているな。
と、バーナビーの顔を見ながらぼんやりと考えて、ぼんやりとバーナビーの言葉を聞く。

「ですが、別に僕は貴女のいる所に行きたいと思っているわけではなくて、いたらいいなと何処かで考えて行動しているだけで…」

「貴方の表現も随分と抽象的ね。つまりなにが言いたいの?」

「『貴女なんかに会いにこなきゃいけない』なんてことをわざわざ思っていないということです」

だから、なに?
私は首を傾げて、言葉に出さずにそう尋ねる。

もっとも、それがバーナビーに伝わったかどうかは別だけれど。

「今まで散々そんなことないと否定し続けていましたけど、やっぱり僕は貴女と出会いたい。どうしても貴女のことが気になって仕方がないんです」

なにこれ。
まるで告白じゃない。

バーナビーの言葉がなんだか聞いてて恥ずかしくて、私はついバーナビーから顔を背ける。

まさかこんな言葉を言ってくるとは思わなかった。

「わかった。わかったから…」

思わずたじろげば、バーナビーは小首を傾げて「なんですか?」と若干眉間に皺を寄せて、不貞腐れたような顔をしてみせる。

「だから、そんな、告白みたいな言葉言わないでよ恥ずかしい…!」

ああもう。なんでこんなに恥ずかしい思いをしなければならないのか…
言わせたのは私なのかもしれないけれど。

でも、それでもまさかこんな恥ずかしくなるような言葉を言われるなんて、微塵も思いもしなかった。

「…っ今日はもう帰るわ!」

そして私はふっとバーナビーに握られていた手を軽く振り払うと、バーナビーからまた背を向けて、振り払った方の手をひらりと何事もなかったかのように振る。

「それじゃあ、また出会いましょう。バーナビー」

まるで逃げるみたいだ。なんて自分でも思うけれどしょうがない。
今日はもうこれ以上バーナビーと顔を合わせていられない。

これ以上はもう、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
だから私は振り返ることもなく、バーナビーから背を向けて歩く。
そんな私の姿を見て、バーナビーがいったいどう思うのかなんてことはわからない。

だけど、いいのだ。

また今度、出会うことが出来るのだから。




きみに出会うためのまほう
(出会えると思うことが、私にとっての一番の魔法)






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