毒物くん



「出た」

「外食だとどうしても普通の食事になっちゃうからね」

「訓練だよ」と、彼はそう言っておもむろにツ○ハの袋からお徳用ボトルの殺鼠剤を取り出した。
そして、タブレット状のそれをざらざら手にとって口にぽいっと放り込んだ。

殺鼠剤の噛み砕かれる音を聞きながら、ナマエは遠い目で彼を見ていた。

イルミはいつどこにいてもこうして訓練を欠かさない。
彼のこうしたプロフェッショナル根性にはしみじみ敬服させられるが、全くもって見習いたいとは思わない。むしろ逆である。

「いっつも思うんだけどね。その外で毒薬をむさぼる癖、ほんと止めた方がいいと思うの私。ほら、他のお客さんドン引きじゃないの」

端正な顔立ちの彼はただでさえ人目を引くのに、その彼の懐から殺鼠剤なんかが出てきて、なおかつそれを頬張り出すなんて奇景を見た日には一生もののトラウマを植え付けられること請け合いだ。

ナマエが周辺のテーブルを視線だけで見回す。
客からウェイトレスまで、あからさまに此方に顔を背けて目を合わせないよう努力しているのが分かった。

「じゃあ何ならいいのさ。これが一番手軽なのに」

「とにかく恥ずかしいから飲み薬以外にしてよね」





「⋯⋯そうだよね、たしかに飲み薬以外ってリクエストした。私」

「うん」

「けど、さすがの私でもこんなアンタッチャブルな方法で毒物摂取してくるなんて思わないじゃない」

テーブルの上には彼の筋肉質な腕が置かれ、その肘窩の青い静脈には注射器の針が刺さっていた。上腕を縛っていた髪をぷちっと噛み切って、イルミはそのガラス製のシリンジをテーブルの上に転がす。

もう恥ずかしいとかそういう次元じゃない。今回のは完全にアウトなやつだ。

もはや二人の周囲には人っ子一人いない。
繁忙時であるはずの昼下がりのファミレスは、水を打ったように静かだった。

これで何度目かになる卓上送信機のボタンを押す。
チャイムの音が誰もいないホールに響くが、二人のいるテーブルに近づく者はいない。ナマエは憮然とした表情で空のカップを覗く。

「イルミのせいでコーヒーのおかわりが飲めない」

「コーヒー位ウチで出すよ」

「嫌だよ。お宅のコーヒーなんか変な味するんだもん。多分、ていうか絶対コーヒーにも何か入れてんでしょ」

「うん。そーだよ。いつもは筋弛緩系なんだけど、ナマエのは特別に強めの眠剤にしてあげるから安心して飲みなよ」

「安心の意味がわからない。ってなんかさっきから外が騒がしいんだけど⋯⋯」

 ⋯⋯!!

背筋を伸ばして彼の後方の窓を見たナマエは途端に凍り付く。
遠くから何台ものパトカーが赤色灯を回してやってくるのが見えたのだ。

どうやら、というか当然の如く通報されたらしい。当たり前だ。

「ほら見ろ!おまわりさん来ちゃったじゃんか!!早く逃げるからそこの鞄とレシート持ってきて!!」

「全くせわしないな」

「誰の所為だよ!!」

「え?オレなの?」とか言ってきょとんとしているイルミを放っておいて、ナマエはレジに小銭を叩き付けて厨房の勝手口から飛び出した。

飛び出したところで体に異変を感じる。


あれ、なんだかすごく眠いし、なんだか足が動かない。


「イルミ。私のコーヒーに何か入れた⋯?」

「余ってたからね。サービスだよ」

何のサービスだ。死ね。これだから毒物くんは。
薄れる意識に抗うように、陰でこっそり呼んでいる彼の悪称を口の中で呟いた。

これはどちらかといえば眠気というより失神に近い。頭が朦朧として前のめりに崩れそうになった所を、腰を掴まれてイルミの脇に抱えられる。

「丁度いいや。このままオレんちに遊びにおいでよ」

ナマエを抱えたままイルミはとん、と何回か壁を蹴って隣接するビルの屋上に降り立った。片手で端末を操作してどこかに連絡をしている。

出来るならば今すぐにこの場から逃げ出したいナマエだったが、しばらくは体が言う事を聞かないだろう。このまま彼に攫われるのは必須。

「連れて行ってあげる」

「ねえ知ってる? これ拉致っていうのよ」

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