トランスフォーメーション



「その顔が嫌」

唐突に発せられたその一言に顔をあげると、眉根を寄せ不機嫌をあらわにしたナマエが立っていた。憮然とした表情でつかつかとこちらに歩み寄って来た彼女は、そばに来るなり堰を切ったように早口で捲し立てる。

「君のは虫類みたいな三白眼とか、全然似合ってないモヒカンヘアーとかいろいろあるけど何よりそのやたらめったら突き刺さってる針!見てるこっちがぞわぞわするの」

ころころ表情を変えて自分を糾弾する彼女を、男はただ黙って眺めている。

「仕事のあいだ四六時中その気色悪い顔見て過ごしてみなさいよ。病気になっちゃうわよ」

「オレは結構気に入ってるんだけどな」

「ははは」

冗談はその顔だけにしてよ、と乾いた笑いの後でひときわ低い声で吐き捨てて、ナマエは手に持っていたターゲットの顔写真を机の上にぱしんとはたき捨てた。

くるりと踵を返す。


「私はもう下りるわ。仕事は別の奴に頼んでよね」


お片づけもとい死体処理なんて私じゃなくてもできる。

これを機会にやくざな生活から足を洗ってこの闇稼業で稼いだお金で南の国にバカンスでも行こう。
短い付き合いだったけど、ばいばいギタラクル!あんたもお金はいっぱいあるんだから整形でもなんでもすれば多少はまっとうに生きられるかもね。

後ろ手でひらひらと手を振って出口に向かって歩き出すと、それまでほとんど動かなかった男がやおらに立ち上がりその手首を捕まえた。

ナマエはとっさに振りほどこうと力を込めるが、びくともしない。

こうなってしまったら、男が離そうとしなければ開放されない。
せめてもの反抗心でじろりと睨みつけるが、男は何食わぬ様子で彼女に向き直る。

「困ったな。今ナマエに抜けられると面倒なんだけど」

困ったという言葉とは裏腹にその表情は至って冷静に見える。
しっかりと腕を捕らえたまま、さらにずいっと距離を詰めてくる。

「うわー無理無理。至近距離で見たらかなり精神的にクるものあるわね」

「聞き出さなきゃいけない情報があるから顔変えたかったんだけどな⋯⋯仕方ない。足りない情報はミルキにでも調べさせるか」

「なにぶつぶつとわけわかんないこと言ってるのよ。とりあえず今すぐ手を離して2mくらい離れてくれる? はーなーしーてー」


お互いに相手の言葉を聞くつもりはないらしい。

それぞれが好き勝手独り言のように喋っている。会話はよくボールのやり取りに例えられるが、これはさながら壁打ちのようだ。
均衡を崩してボールを投げ返したのは男からだった。


「要するにこの見た目が嫌ってことだろ。ちょっと待ってて」

そしておもむろにこめかみの針に手をかけ、ずるりと引き抜いた。

ナマエの見開かれた両目にはびきびきと音を立てて骨格が変わっていく男が映っていた。

ただただあ然とその光景に目を凝らす。
この針って抜けるものだったのか。抵抗無く抜けていく針を見るとかなり深く刺さっていたみたいだけど、こいつの体はいったいどうなっているんだ。

針が全て抜かれ、顔の変化が治まる頃には自分が知っている人物とはかけ離れた姿の男がナマエを見据えていた。


「⋯⋯あんた誰ですかね」


「オレだよ。ギタラクル」と返ってきた。なるほど声は聞き慣れた殺人鬼のものだ。

「言ってなかった?針で顔を変えられるんだよね―」

どんな顔にもなれるということは好き好んであの悪趣味フェイスになっていたという訳か。
顔はまともだがやっぱり性格はどうかしている。


「⋯⋯悪趣味すぎるでしょ」

「そう?実はオレもこっちの方が楽なんだ」

もう逃げないと判断されたのか、ナマエの腕がようやく開放される。

「オレはナマエに仕事を続けてもらえるしナマエは嫌な顔を見ないでよくなるし、これでウィンウィン」

「ちゃんちゃんみたいなまとめ方しないでよね」

ぽんと晴れやかな表情で手を打つ男を、ナマエは引き攣った顔で見る。
こいつこんなキャラだったっけ。素顔を晒したら気持ちまで奔放になっているのかな。どちらにせよ、その言い分では当分は辞めてもらうつもりはないようである。

この展開にナマエが頭痛を覚えていると、がしっと腰を掴まれて小脇に抱えられる。
そのまま早足でハッチへと歩いて躊躇無く身を投げた。

「え? いや、や、ちょっとまっ、まって、あああああああああああ!」

「そういうことだから、これからも協力して殺っていこうじゃないか」


彼女の円満な退職は、まだまだ遠い先になりそうだ。

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