光れなくてもあたたかい



ナマエが門外の掃き掃除を終えた所で、宇髄天元と我妻善逸が足並みを揃えて隊舎に帰ってくるのが見えた。御屋形様が招いた客人が街まで来るというので迎えに宇髄を遣わせたらしいとここまでは他の者より聞いて知っている。しかし今宇髄の隣に居る善逸についてはどうだ。

(護衛⋯にしては微力過ぎよね。新人だし)

今年の入隊者はどの者も個性的であった。こと善逸に関しては特に見分けやすい。その明るい小麦色の髪の色もそうだが、ナマエの中では鬼殺隊にあるまじき落ち着きのなさにそのウェイトが置かれていた。今も遠くからでもよく聞こえる声でなにやらひいこら喚いている。

「なんなの!なにが悲しくて他人宛ての恋文なんか両手一杯持たなきゃなんないんだよ!」
「耳元でぎゃあぎゃあとうるせえなあ。勝手に持ってくるんだから仕方ねえだろうが。それがお前の任務なんだから地味でもこなせ」
「こんな侘しい任務があってたまるか!」

ああ、そうか。
頼まれたのが急だったからって化粧をしないで行ったんだった。

化粧、というのは宇髄の趣向のことである。どうやら善逸は護衛というよりは荷物持ちとして道中で強引に連れて行かれたようだった。化粧を落とした素顔の宇髄を街の女が放っておくはずもない。宇髄にとっては日常茶飯事とは言えど任務中うかつに他人から渡された物を受け取るほど無警戒では居られないのだ。
已む無く適当な隊員を付き人にしたという事なのだろう。宇髄の判断はおおむね正しいのかもしれなかった。それが善逸であったことだけが悔やまれる。

ナマエが善逸を初めて見たのは彼の育手の元柱のところに文を遣りに行った時だった。そこらに生えていた野花を千切って差し出してきたかと思えばおもむろに交際を申し込んできた善逸。惚れ症で臆病な善逸はうわついた俗世間の感覚そのままに生きていて、この調子では育成に耐えられても最終選抜で淘汰されてしまうだろうと可哀想に思ったのを覚えている。だから一年後に彼が最終試験を通過して鬼殺隊の一員となったと知らされた時は驚いた。どれほどの鍛錬を積んでたくましく成長したのかと少し羨ましく思ったが、善逸に会っておおかた育手の腕と彼自身の運が良かったのだろうと納得した。
性格も剣の腕もあの時から全くと言っていいほど変わらないでいるのだから。

「だからもう捨てて良いって言ってんだろ」
「捨てれるわけないでしょうが!どういう神経してんですかあんた!」
「ああ?!」

二人が言い争いをしているその後ろで、客人が大層肩身の狭そうな顔をしながら付いてきている。
御屋形様の大事な客人なんだからもっと気を使えと言いたかったがおそらくどちらの耳に届かない。仕方ない。ここからは自分の仕事だ。ナマエは二人の横をすり抜けると客人の元へ走った。





「ああーもー」

客人にお茶を出すため、ナマエが飯炊き場で湯を沸かしていると善逸が扉に凭れかかるようにして転がり込んできた。ずるずると床を移動して囲炉裏端の座布団にぼふりと頭を埋めた。

「自己嫌悪」

唸るように言った善逸に緑茶の入った湯呑みを差し出してナマエは溜息とも笑いともとれる息を漏らした。

「いまどき柱に食ってかかる下級隊員なんてなかなかいないよ」
「だろ⋯はは⋯もっと褒めて」
「善逸くんのどこからくるのか分からない勇気は嫌いじゃないよ。まったく賢明じゃないし必死すぎて可哀想になるけど」

当たり前の事を言っただけなのに善逸はぐはっとお茶を吹いて沈黙してしまった。
そんなに悔しい?こればっかりは生まれ持ったものなんだからと慰めてみれば善逸はふるふると力無く首を振った。

「あの人が持て囃されるわけくらいおれだってわかってるんだ。背丈も顔かたちもおれとはまるで違うから」
「そうなの?」

聞き返すと、善逸は気まずそうにお茶を音を立ててすすった。

「駅前から丁子屋の角を曲がるまでで幾つ恋文を貰ったと思う?」
「さあ⋯⋯幾つ?」
「九つだよ。宿屋の若女将から年頃の女の子まで。宇髄さんはぜんぜん興味無かったようだけれどおれはしっかり覚えてる」

そういうところは流石善逸だ。女の子の事になると記憶力が抜群に良くなる。
またいつもの愚痴が始まりそうだ。相槌もそこそこにナマエが湯を取りに行こうと腰を上げたとき、善逸がぽつりと零した言葉で足が止まった。

「そうなんだけどそうじゃないんだよ」

てっきり、字髄ばかりが恋文を貰った事でいじけているのだと思っていた善逸の主張がただのやっかみじゃない事に気がついて、ナマエはほんの少し居ずまいを正して善逸の言葉に耳を貸してみる。
 
「そうじゃないって何が?」
「あの子たちはみんな真剣なんだ」

彼にしては真面目な表情で静かな口調で言う。

「顔真っ赤にしちゃって心臓の音なんかおれの耳には煩いくらいでさ、もうほんと可愛いの」

善逸にかかれば女の子は皆可愛くてふわふわできらきらした存在なのだ。“可愛い”に思い切り感情を込めて言う善逸の目はうっとりと細められている。

「別に貰えなかったことが悔しい訳じゃない。いやそりゃあ貰える事に越した事は無いっていうか、悔しくないって言ったら嘘になるかもしれないけどなんていうか」
「悔しいんじゃない」
「悔しい」

でもさ、と善逸は続ける。

「字髄さんにとっては慣れっこなんだろうけど。だからって女の子が真心をこめて書いたものを邪見に扱って良い道理なんかないじゃないか」

最後の言葉に図らずもどきりとした。
善逸は彼女たちのために怒って、自分の不甲斐なさに落ち込んでいたのだ。どうしてそんなに一生懸命になれるのだろう。ふいに沸いた不思議に温かい感情にナマエは内心戸惑う。これは彼だからこそ為せるわざだ。情けないけど優しい優しいけど情けない。その致命的なバランスの悪さが善逸なのだ。

「おれがもっと大人で立派な男だったらこんな思いはさせないのに」
「じゃあ⋯善逸くんだったらどうしてあげるの?」

興味本位で聞いてみれば何を想像したのか善逸は途端に赤面する。

「ええっ!⋯⋯それは⋯ええと」

まず文通をするだろ、そして仲良くなって買い物をしたり遊山に行ったりだろ、それからそれから⋯、眉を上に下に動かしながら“それから”を連発する善逸はまだまだ大人で立派な男とは言い難い。善逸の慌てようが面白くて思わず声を出して笑う。

「字髄さんに倣えば良いよ」
「ああもう、からかわないでよ」

耳まで真っ赤になった善逸は盛大な溜め息を吐いたあと、恥ずかしさを紛らわすように目の前にあった羊羹をおもむろに摘まんでぽいと口に放った。

「あ」

しまったと思った時には遅くて羊羹はあっけなく食べられた。今まさにもぐもぐ咀嚼されているそれは客人に出すために用意していたものだ。今ある甘味はそれしかないのに。ごくりと飲み込んでしまった後で善逸は素っ頓狂な声を漏らす。

「へっ?」
「それお客様にお出しする羊羹」
「えっウソ⋯⋯どうしよう」

此処で青くなっていても仕方が無いから善逸にスルメを持って行かせた。お茶うけにスルメって絶対怒られるだろナマエも一緒について行っておくれよと縋る善逸のお尻を叩いて、当主の間に追いやったのが半刻ほど前の話。あと少しもすれば緊張の糸が切れた善逸がへろへろになって帰ってくるだろう。

(結局、ちゃんと行ってくれる所が善逸くんらしいな)

一仕事を終えた彼のため、ナマエは緑茶を淹れる。
湯のみに注いだ緑茶の湯気の向こうに、廊下の軋む音を聞いていた。

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