すてきなふたりぐみ




あの素顔を見せられた衝撃の日から半年。

彼はもう隠すことなく素顔を晒して現れるようになった。
ついでに本名も教わった。殺し屋らしくない小綺麗な名前。以前のごちゃごちゃした偽名よりは言い易かったので、これだけは高ポイントだ。

プロの殺し屋の仕事相手として信用されているのだと思えば悪い気はしなかったが、彼が依頼してくる内容はどうにもハードで辞めたい気持ちに変わりは無い。しかしナマエが何度辞意を表明しようと、金に物を言わせて有耶無耶にされるのが常であり、彼女は未だにイルミの仕事を手伝っていた。

「⋯⋯はいはいわかった。じゃ私が行けばいいんでしょ」

舞い込んできた依頼は女性秘書に紛れての暗殺。

協力を依頼してきたのはそういう事だろう。そりゃそうだ。身長185cmの女とか不自然極まりない。仮にスーパーモデルばりのスタイルを持ち合わせた社長秘書が居たとしてもだ。注目の的になることは間違いない訳で、そんな衆目に晒されながらの暗殺が効率良く進む筈も無い。

お金は好きだ。何よりも信頼できるから。

が、いくら高額な雇用料が支払われているとはいえ、暗殺自体を実行させるとは如何なものか。

何度も言うがナマエの本業は彼らが残した残骸や痕跡の隠滅である。
この案件は完全に掃除屋の業務の範疇を超えている。これではただの何でも屋さんではないか。


“仕方ないな。ちゃんと死体処理もさせてあげるから我慢してよ”


いつもの如く文句を言おうと口を開きかけた時にイルミに言われた言葉が、これだ。

完全に本業要素はオマケである。仕方ないってなんだ仕方ないって。
こっちは仕事だからしているのであって、死体処理がしたくてしたくて堪らない人みたいな言い方はやめて頂きたい。


「あれ。ナマエさ、何か勘違いしてない? オレも一緒に行くんだよ」

「え?」

書類をパン、と両手で挟み閉じたナマエはイルミの一言で目を丸くさせた。てっきり自分一人が行くものだと思っていたけれど。
お互いにきょとんとした顔を突き合わせる。

ナマエの手の中から書類が抜き取られる。顔を上げると椅子から立ち上がったイルミが書類をくしゃくしゃに丸めていた。傍らで焚かれていた暖炉の火の中にそれを放り込む。

「殺るのはオレで、ナマエは監視役」

「だって⋯⋯女限定だから私を呼んだんじゃないの?」

どうするつもりなの、言いかけたナマエの目の前でイルミはおもむろに上着を脱ぎ捨てた。上半身は両肩が露出した薄いインナーだけになる。

「えっ、ちょっ、急に何して」

確かに此処は彼のプライベートな部屋ではあるが、仕事の関係しかない異性の前で服を脱ぎ始めるのは自由行動が過ぎるというものだ。
慌てて後ろを振り向こうとすると止められる。

「そういえばこのパターンは見たこと無かったよね」

「な、何の」

と、イルミはその場で髪を無造作に纏め上げた。

そして片手で器用に針を持ち替えて頸の後ろ、頸椎へと躊躇無く刺し入れた。根元まで深々と刺さった針。「うっ」ナマエの顔が歪む。自分が刺されたわけではないのに声が出る。彼女はいわゆる先端恐怖症というやつだった。あの鋭い切っ先が体の中に侵入しているのを想像するだけで鳥肌が立つ。

拒否感を露わにするナマエにお構い無しに、イルミは続けざまに何本かを同じように刺し込んでいく。

「⋯グロすぎ」

「そろそろ慣れなよ」

手を離せば針はイルミの長い髪で隠れて見えなくなった。
同時に筋肉が蠕動するように二、三度動いて、骨が鳴るような音がする。

変化が収まった頃、ナマエの目には彼ならぬ彼の面影を残した少年が映っていた。


「大体16歳頃の体かな。あんまり逆行しすぎると細胞の負荷が大きいんだよね」


そうか。完全に他人に変われるのであれば自分の過去の姿になることも可能だ。

自分より少しだけ高い背丈になった彼をまじまじと見る。元の姿と比べると細い腕だが、それでも薄らと筋肉が付いているのが分かる。イルミ少年は肩を回したり首を捻ったりして規模の小さくなった体の動作確認をしているようだった。

「腕はもう少し落とした方がいいと思うんだけど、どう?」」

「いつもそうやって女⋯、変装してるわけ?」

「そうだけど?」

「顔は?」

「いつもは変えない。まあでも今回は見られる機会も多いし少し弄っとくか」

イルミが手をこめかみに触れるとピキピキと音がして輪郭が僅かに動き、背中まで届いていた髪がしゅるしゅると肩付近まで短くなる。今度の変化はそれだけで終わった。

「これ位でいいでしょ」

ああ、そうか。元が良いから少し変えるだけでいいのか。

謎の敗北感を感じる。
がくりとうな垂れたナマエを慰めるようにイルミの手が肩に置かれた。

「さて、船の準備も出来たみたいだし行くよ」





上下真っ黒なスーツ姿の彼はさながら厳格で仕事ができそうな秘書に見えた。

対するナマエも同じモデルのパンツスーツを着ていたが、こちらはどこかぎこちない。慣れていないのだから仕方が無いのだ。

最奥の部屋より仕事を終えたイルミが歩いて来るのを横目で捉える。
外見のお陰で事はスムーズに進んだようで、廊下の真ん中で見張り番をしていたナマエの隣に肩を寄せて並んだ彼は別段疲労した様子もなく使用後の針の手入れを始めた。

「する? 後処理」

だからしたくないってば。ナマエが脱力気味に首を振る。

「必要が無いならしないよ」

「そ。じゃあいっか」

あっさりと頷いて作業に戻ったイルミの横顔をそうっと見る。

悔しいけれどイルミは綺麗な顔をしている。女の自分よりも明らかに。今も変化させているとはいえ、眉尾の形や髪が少し短くなっているほんの僅かな違いだけでほぼ彼そのものなのだ。99%男の擬態に純度100%の女が負けている。
女の面目丸つぶれも良い所である。

「なにか付いてる?」

ナマエの視線には気がついていたようだ。

「血は出ないやり方で殺ったはずなんだけどな」

「⋯⋯なんでもない」

いくら綺麗な顔をしていようとも、その表情に温度は乏しく、口から出るのは殺し屋の台詞である。
やっぱりイルミは自分の求める世界とは違う領域に生きる人間なのだ。始めからわかっている事だ。どこか釈然としない感情が沸いてきてナマエはぎゅっと眉を寄せた。


「やっぱり私、辞める」

「え?」


もう決めた。
この際はっきりと言ってしまおう。

「目標の金額も貯まったし、海外旅行⋯は無理だけど、どこか田舎でゆっくり余生を過ごすことに決めたの。だからイルミとの仕事も今日でおしまい!」

一息にそう言い切った。

イルミはただ黙って聞いている。何か考えているのだろうか。いや、彼の事だから何も考えていないのかもしれない。
辞めようと思えばいつだって辞められた。それをしなかったのは彼女自身この関係が居心地良かったからだった。金で引き止められていたからだと言い訳をしていても、結局のところはそう。でも。

もういくら金を積まれても無理やり連れ去られても協力するつもりはない。

せめてもの罪滅ぼしといっては何だが数少ないツテに引き継ぎをしてやろう。これも曲がりなりに彼と仕事をしてきた自分の最後の責任だと思った。

「知り合いの掃除屋を紹介する、それでいいでしょ」

「いらない」

「いらないって何よ」

「ナマエじゃないなら必要ない」

「だめだめ。もう決めたんだから」

「そうじゃなくて。前にナマエも言ってただろ、自分で。変わりなら他にも大勢いるって。今までだってわざわざ面倒な手間をかけてまでナマエに依頼しなくても執事に都合を付けさせれば済む話だし」

「だーかーら、⋯⋯へ?」

予想しなかった答えだった。
驚いて振り向けば至近距離で目が合ってびくっと体がこわばる。

「⋯⋯どういうこと?」

引き継ぎを拒否して自分の退職を認めないつもりなのだろうか。そう一瞬憤ったけれど、なにかそれとは異なる雰囲気を察してナマエは口ごもる。

「殺し屋がさ、自分の素顔や手の内を赤の他人相手にあっさり見せると思う?」

「えっ⋯⋯と」

素顔を見せるどころか実家に招かれての打ち合わせまでしていた。
そうだ。よくよく考えてみればおかしい話だ。

「あー⋯」

さっきから徐々に鳴り始めた心臓がうるさい。
頭の中で行き当たった結論。真っ先に嬉しいと思ってしまったことに彼女は動揺していたのである。じりじり近づいてくるイルミに、彼が少年の見た目で良かった、と思う。このじんわり浮き上がってくる感情を無理やりにでも誤摩化す事ができるから。

「自分でも不思議なんだよね。ナマエみたいに一緒に居たいと思える奴なんていなかったからさ」

今考えればあれもこれも自分の気を引きたいが為にやっていた行為なのかと思い出せば、彼の事をいじらしいと思えなくもない。それにしては仕事の難易度が割と本気だったようなと思い返すも、あれがイルミのスタンダードなのだろう。

「ナマエに居なくなってほしくない。けどそろそろ金でもつられなくなって来たし、この関係性を変えなきゃ解決しないかなって」

「⋯⋯⋯」

最善の提案を考えましたとばかりに晴れやかに人差し指を立てるイルミがまぶしい。

「というわけで付き合おうか」

「イルミは飛躍しすぎなのよいっつも」

ぶっきらぼうに顔を背けた。頬が緩みだすのを見られたくなかった。

イルミ相手では簡単に別れてはもらえない。
この慌ただしい現状を飲み込むにはやや少し時間を要しそうだが、彼女はそれが不思議と嫌では無いことに気がつく。

「ちょっと保留にさせて頭が追いつかない」

「言っておくけどオレ諦め悪いから。ダメって言われても引き下がるつもりないよ」

「あーもう。ほんと横暴」

考えるだけでおぞましいあの針ごと、こんな彼を好きになれる日も遠くはないかもしれない。

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