おともだちごっこ2



今回の報酬五回分のシャンパンに口をつけて、舌に当たる炭酸を飲み下す私はいつになく真剣だった。

口座に振り込まれていた数字はせいぜいこの一口で消えてなくなるくらい。あれは本来有志が集められるボランティアのようなものだから、おとなしく本業をしていた方がまだ稼げる。

「彼氏でも隣にいればもっといいのに」

かちゃり。ナイフとフォークが静かに皿に当たる音がする。

「キミ彼氏いないだろ」

「願望くらいは持たせてよ」

「カラダだけならいつでも貸そう」

気味の悪い衣装とメイクを落としたヒソカは好青年然としていて、その擬態能力には素直に驚かされる。でも喋り出せばちゃんとヒソカだから奴の期待する間違いとかは絶対にない。

「きも」

私が嫌な顔をするとなにが面白いのかヒソカは心底楽しげに笑う。

「はっ倒すわよ」

「ドウゾ」

組んだ手の上に顎をのせて。やれるものならやってごらんよ。余裕の表情で足を組む奴の目はそう語っていた。こちらも奴との力の差が解らないほど耄碌はしていない。悔しいけれど。尖らせるのは言葉と視線だけに留めておくことにする。

「そういえば四次試験の時って何してたんだい?」

「受験者の審査監視」

「あれ、キミもやってたのか」

「危なかったのよ。もう一人の試験管とくじ引きであんたの担当になるとこだったんだから」

「それは惜しかったな」

誰も彼もが敬遠する所為で最後の最後まで残ったヒソカの監視を、二分の一の確立で引き当てたときの彼の青ざめた顔が忘れられない。

「キミがボクの担当だったらもう少し死人が少なくて済んだかもしれないのに」

「⋯⋯⋯」

どの口が言っているんだ。

逆効果だってことはさっき確認済み。
私が見ていることなんてお構い無しどころか寧ろ喜んで暴れ始めるくせに。

いたずらに死人を増やされたのは腹立たしい。亡骸の処理とか遺族への連絡とかその他諸々の手続きとか。めちゃくちゃ現実的な処理業務があるのをこいつは知らない。

おもちゃは遊んだら責任を持って片付けて欲しい。


「二日目に私の担当受験者が脱落したから、その後はずっと」

シャンパングラスを持ち上げた指をふい、と左隣に向ける。

「イルミ?」

「そう」

イルミが担当の試験管を再起不能にしたお陰で私に役目が持ち回ってきた。
最終試験の彼以外にも犠牲者はいたという事だ。こっちの彼は額に針一本だけで済んだらしいけど。


「中途半端な絶しかできない方が悪い」


眉一つ動かさずイルミが言う。
そんなやつに背後を取られてみなよ、不可抗力だと思わない?とさも当然のように言われてしまうと強く否定ができなくなるから不思議だ。

「監視がある事くらい最初から分かってたでしょ」

「もっと強い奴をつけるべきだったね」

イルミが弱者にもとことん容赦がない一方でヒソカは試験管には興味が無かったみたいだった。
あの時ばかりはイルミよりヒソカの担当になった方が安全だったのかもしれない。

「結果的にオレはナマエで良かったよ。ナマエのオーラは知ってるから警戒しなくて済んだし。お陰でよく眠れた」

ああそういえば私が来た時は既に土の中だったから。
残りの五日間。私は一日中ひたすら地面を眺めていなくちゃならなかったんだ。

「あれは苦行だったなあ」

でもイルミはこうして貸しをきっちり返してくれるからいいんだ。
その分また借りられるのはお約束として。

結局、イルミには抜かりなく後日仕事の手伝いを申し付けられたし、ヒソカには手頃な賞金首の情報を教えろと言われた。
というか奢ってもらったイルミに対価を要求されるのはわかる。でもヒソカはさんざん私の仕事の邪魔をした挙句タダ飯にありついているだけじゃないか。よく考えたら私がヒソカに何かをしてやる義理はないんだけどな。まあいいか。


「じゃ。オレは帰るよ」

さっさと食後のコーヒーまでを飲み終えてイルミは席を立った。
彼の中で私に対する賠償は完了されたらしい。


「ねえヒソカ」

振り返りもせずに去ったイルミの背中を見送った私はそのままヒソカに向き直る。

「あのゴンって子、お気に入りなんでしょ」

「ああ見てたの」

「露骨に目立ってたからね」

「美味しそうだろ、彼」

美味しそうかどうかはよくわからないけど、ヒソカの言葉を意訳すれば伸びしろがあるってことだ。

実のところ私にはまだ職務が残っていた。
あの少年の裏試験の経過と達成報告。これもまた会長の一存だった。危険人物に目をつけられている彼をそれとなく誘導して安全に念を習得できるようにと。

「ひとつ提案があるの」

でも残念。会長は私を誤解している。

私はそこまで良心的じゃあない。現に今その危険人物に任を預けようとしている私は悪い奴だ。
だって私にも本業があるしそんな面倒くさい事してられないもの。

「お目付役 請け負ってみる気、ない?」

彼らが私を利用するように、私も私で彼らに利用価値を見いだしている。

仲良くしてやろうじゃないか。
三者三様の打算の上で成り立つこの不安定な関係がいつか崩れるその日まで。
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