今から会いに行ってもいいかな



仕事終わりに電話するね、なんて恋人同士のよくある睦言を羨ましく思うときがある。
自分の恋人イルミの仕事が終わる時は大抵真夜中だから。

電話ができないから淋しいとかすれ違いの生活が悲しいとか、そんな可愛らしい次元で話をしているのではない。ナマエが羨ましいのは世間一般的な常人感覚のことである。

仕事終わり。彼はそれが何時であろうが迷わず“仕事終わりに電話するね”を実行してくるのだ。

今日も端末が鳴る、午前3時。

『起きてた?』

「寝てたよ」

『そっか』

『起きてくれて良かったよ』とけろっとした調子で言うイルミの声が夢うつつの脳に容赦なく刺さる。
丑三つ時に聞いていい声のトーンじゃない。
普通起こしてごめん、とか言うもんなんじゃないのと言いかけてそうかこの人は普通じゃないんだった、とナマエは喉まで出掛かった言葉を飲んだ。

ぼふっ、と倒れ込むように枕に顔を埋める。


「⋯⋯明日休みでよかった」


イルミ程ではないにしろナマエも大概仕事人間だ。その自覚もある。
どちらかといえば仕事は好きな方だから苦ではない。

しかし、常人のナマエにとっては彼の半分以下の労働時間でも疲労は溜まるし休前日くらいは時間を忘れて眠りたかった。

『それ本当?』

端末から唐突にそんな言葉が飛んでくる。
なにか変なことでも言ったろうかと内心頭を捻り「何が」と聞き返す。

『明日休み』

なんだそこか。

「そうだけど」

『オレもなんだよね』

「ふーん⋯」

彼独特の抑揚の無い声音。そこから感情を汲み取る事は至難の業である。
イルミが何もかもを削ぎ落としたシンプルな一言を多用する所為で、ナマエはそれを理解するためにいくつか言葉を補完しなくちゃいけない。

「珍しいね。じゃあゆっくり休みなよ」

ここ何ヶ月かは家族の分の仕事も請け負っていると聞いている。まともな休みは久しぶりなはず。
ナマエが好意でそう言うと再び疑問系で一言が返ってきた。

『休む?』

「え? 違うの」

『疲れてないから平気』

自覚していないだけで多かれ少なかれ体には負担がかかっているに違いないが、その平静な声を聞くにああそうかと納得しかけてしまうのが恐ろしい。
ただでさえ体が資本なんだからもう少し体を労ればいいのに。そう思って窘めてみたら同じトーンで同じ言葉を聞かされた。まるでロボットがプログラミングされた言葉をリピート再生しているみたいで、その口調を彼らしいなと思う反面なにか引っかかる。

(⋯⋯変なの)

仕事終わりの移動時間にこうやって来る連絡。

いつも話題なんてあってないようなものだけれど、この時ばかりは少し妙だった。
この前は聞きたくもない暗殺の手法を朝まで事細かく説明されて寝不足になったっけ。それでも話題があるだけまだましじゃないか。話題があれば区切りもつく。

「もう、話すことが無いなら寝ちゃおうよ。お互いまた明後日から仕事なんだし」

ふわあ、と端末の向こうに聞こえるよう欠伸をしてみせてイルミの出方を伺う。すると、やや間が空いた後で名前を呼ばれた。

『ナマエ』

「ん」

『何してたの?』

「⋯⋯⋯」

やっぱり要領を得ない。
普段であればどんなに複雑な話でも半刻もあれば正確に伝えきってしまう。端的な言葉を好む彼だが、それは情報伝達を手短かに済ませる為であり、本来合理的な思考に裏打ちされた行為なのだ。それなのに。
今日のイルミは例外だった。

要するに、何が言いたいのってことだ。

「だから寝てたってば」

イルミが起こしたんでしょ、と文句をつけてみてもやはりなおざりな返事をされるだけだ。
よくわからない。

『一人で?』

「当たり前でしょ。他に誰と寝るっていうの」

『そう』

寂しくないわけ、続いた言葉にナマエの眉がにわかに寄せられた。

誰のお陰で一人になってると思っているんだ。前にどこから浮気かそうじゃないかという話題を出したら、そういう予定があるのかと勘違いされて身の危険を感じるほど責められたから。うかつに男友達とも遊べない境遇になってしまったのだ。

「じゃあ他の誰かと寝てもいいってこと?」

嫌味のつもりでそう言うと、イルミの声がにわかに低くなる。

『は? なにそれ絶対駄目。なんでそうなるの』

「だってそういうことじゃない」

『全然違う』

的を射ないイルミの言葉に感じる違和感。欲しい所にボールが投げられるまで闇雲に投げ返している感じと言えばいくらか分かりやすいかもしれない。
このまま時間を消費し続けても不毛というものだ。

「⋯ちょっと、イルミさっきから何を言いた」『ねえ』

言葉を遮られる。言いかけの唇のまま、ナマエが「なに」と続きを促す。


『ナマエの部屋にさ、枕。置いてあったよね』

前置きなく何をのたまうかと思えば枕とは。
ナマエは訝しげに首を捻る。いつぞや彼が一つの枕を二人で使うのは窮屈だから、とわざわざ自宅から持ってきて置いていったあれの事を言っているのだろうか。
どうしてそんな話を持ち出してくるのだろう。

あるけど、と言いかけてナマエははたと固まる。


あれ、まさかこれって。


ナマエはここでようやく理解する。
何故このタイミングでそんな事を聞いてくるのか。さっきからイルミが何を考えているのか。


(遠回しすぎ⋯⋯!)


男の人は甘え下手だと聞いた事があるけれど。イルミの場合はそれに加えて天然と無自覚の俺様気質を併発しているから余計に苦労する。
全然わからなかった。迂回しまくりの所為でこっちは危うく迷子だ。深く嘆息する。

『枕が変わると眠れなくってさ』

「⋯⋯土の中で寝る奴が何を」

こんな奇抜な会話が成立してしまうのは世間広しといえど彼くらいのもの。ちょっとやそっとでは理解し難い彼との付き合いは難題を解いている気分にさせられる。だけど、答えを見つける事が出来た瞬間の何とも言えない感情を気に入っているのもまた事実。
外れまくった彼のネジの山に埋もれているのも悪くない。

『本当なんだけどな』

「嘘ばっか」

だけど、今回ばかりは真夜中に起こされたうめあわせも含めて。
ちゃんと答えを聞かせてもらうまでしらばっくれても罰は当たらないだろう。きっと。


『だからさナマエ』


今から会いに行ってもいいかな。


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