パターン4 <お兄さん達の場合>
「ホントだ」
あーんと自分に口を開けるナマエを興味薄に一瞥したあと、ヒソカはデッキチェアに背中を預けた。
ナマエはちゅうと一口、オレンジジュースを啜って沈黙する。
「⋯⋯で?」
ヒソカが煩わしげに口を開く。
彼の疑問ももっともである。それだけ言って黙り込んでしまった彼女は、自分に何かを要求する風でも、かといってそれ以上話を継続させる気も無いらしかった。
咥えていたストローをぷっと吹いて、ナマエは言う。
「なんだかわからないけど、あんた達にだけは誤解の無いように伝えなきゃいけない気がして」
「ああそう」
彼女の答えは言葉通りよくわからなかった。
とは言えヒソカとしても別段深く考えるつもりも無かったので、そう一言相槌を打つと再び大通りに流れる車を眺める作業に戻る。2人の共通の待ち人は未だ現れず。小一時間が経過していた。
「全然『あと5分』じゃないじゃないの、イルミのやつ」
端末に恨めしげな視線を送るナマエ。
何度目かになるメールを送信している彼女をヒソカは無遠慮に見下ろして言う。
「そういえば君たち付き合ってるんだっけ?」
「まさか。気が向いた時に遊んでるだけ」
へえ、と生返事を返して、ヒソカはナマエの発言に内心首を捻る。
自分が聞いている話とは幾分ズレがあるようだ。
「彼の方はそう思ってないみたいだけど」
「?、なんのこと?」
ナマエがヒソカの言葉の意味を掘り下げようとした時、キキーッと2人のすぐ側に一台の車が停車した。
後部座席から降りてくる人影。
「待った?」
「当たり前でしょ。今何時だと思ってるの」
ごめんごめんと全く悪びれることなく言って、イルミはナマエの隣に椅子を移動させてすとんと腰掛ける。
「って何で隣なのよ」
「オレ、右側に人が居た方が落ち着くんだよね」
ナマエの文句をさらりと受け流した彼だったが、目の前のヒソカと目が合うとすぐに怪訝な表情を浮かべた。
「あれ、何でヒソカがいるわけ」
「通りすがりにたまたま彼女を見つけてね」
「そっちの約束は明日じゃなかった?」
「ちょうどヒマしてたとこなんだ」
そう言って居座る気満々のヒソカにイルミははあ、とため息を吐く。
「ほんと間が悪いよねヒソカって。ナマエと何話してたの?」
イルミの問いにとくになにも、と言いかけてヒソカはふと彼女との直前の会話を思い出した。「⋯ああ、なんかね」
「できちゃったんだって」
ヒソカの口から飛び出した一言に、それまで関知の外だったナマエが飲みかけのオレンジジュースを盛大に吹いた。
「え?」
「ストップ! ヒソカあんたねえ、ちょっとは言い方ってもんが」
ナマエは慌ててむせ込みながら訂正を図る。
横目で見たイルミは案の定固まっている。
⋯かと思いきや、意外にも彼は晴れやかな顔で「よかったー、ようやくだね」なんて喋っていた。
「こっそり針で穴を開けておいたかいがあったよ」
「だからそれは⋯⋯ん?」
ナマエははたと静止する。なぜだろう。今とてもショッキングな事を聞いた気がするぞ、と。
その横でイルミがヒソカに答え合わせをされている。
「なんだ口内炎か」
「ねえイルミ、今さらっととんでもないこと言わなかった?」
「え? オレ何か言った?」
「穴がどうとかって」
「気のせいじゃない?」
「⋯⋯⋯⋯」
本気かわざとかわからない彼の表情をまじまじと見つめて、ナマエは思った。
「今度からはアレは私が用意するわ」
曖昧な関係しかり、誤解を産む発言しかり。
すべての物事は、はっきりとさせておくのに越したことはないと。
―おわり―