パターン1 <レオリオ氏の場合>
「はあああああ!?」
がたん!と、勢いよく椅子が引かれたおかげで、床に置かれていた彼のトランクケースが派手に転がった。
「びっ⋯⋯⋯くりするわねえ、なんなのよいきなり」
突然そんな大声を上げられてはびっくりするじゃないか。
今の今までのんきに旅行雑誌をめくっていたレオリオの顔は、採れたての青菜のように真っ青になっている。
「そりゃあコッチの台詞なんだけどなぁ⋯⋯」
ふらふらと椅子に座り込んだレオリオは、今度は難しい顔で腕を組んで唸り出す。
「そうかあん時、いや、あれか? 合格発表の後で酔っぱらって帰ってきて記憶が曖昧なんだよな」
「ちょっと」
「くっ⋯、こんなことならもっと遊んでおけば。でもこれはこれで結果オーライというかなんだ、その」
「ちょっとレオリオ」
「先に親に連絡した方がいいのか…これは。いやまて、落ち着け俺。こういうのはまず安定期に入ってからの方が」
「くらあ!レオリオ!さっさと戻って来いコラ!」
テーブルを乗り越えんばかりの勢いで、ナマエがレオリオの鼻先に詰め寄る。
何度目かの呼びかけでようやく浮遊していた意識が戻ってきたようで、彼は「ぬおっ!」と間抜けた声をあげた。
「ったく。なんだっていうのよさっきから一人でぶつぶつと」
「いや、だってよ、一応男の俺にも心の準備ってもんがあるだろうが」
「心の準備い〜? 何をわけのわからない、⋯⋯あ痛たたた」
「なっ、なんだ? 痛むのか?」
「そうなのよ」
気遣わしげにナマエの肩に手をかけるレオリオ。
頬を押さえて憮然とした表情のナマエが、彼を見上げて言った。
「口内炎」
カラスがかあかあと鳴きながら通り過ぎて行った。
「⋯⋯⋯⋯はい?」
「いや、だから口内炎がね」
痛いのよ、と続けたナマエの言葉はすでにレオリオの耳には入っておらず、当の彼は肺中の空気が一気に抜けたような声を出して背後の椅子にどっかと腰を下ろした。
「口内炎かよ⋯」
「だからそう言ってるじゃない」
「これでも塗っとけ⋯」
そう言ってレオリオは鞄からチューブ状の軟膏を取り出して、きょとんとしているナマエに放り投げた。
「くそお、これでも俺ぁなあ! ちょっとは期待して⋯⋯イヤ、なんでもない」
「⋯⋯?、今日のレオリオちょっと変よ」