心変わりは誰のせい?



ナマエが結婚する。

弟からそれを知らされた時はくだらない冗談かと思った。

そんな縁起でもない事は冗談でも聞きたくないから、本気で凄んでみせたら顔を真っ青にしながらも否定しないでいることで、ようやくそれが冗談じゃないって分かった。

『24までに嫁の貰い手が無かったらイルミが私を貰ってね』

いつもの調子で吐かれた彼女の軽口を思い出す。
なんだよそれ。真に受けて律儀に待ってたオレが馬鹿みたいじゃないか。

居ても立ってもいられずに家を飛び出した。行き先はもちろん彼女の家。

「はいはーい、って、わっ!イルミじゃないどうしたの?」

チャイムを鳴らすとナマエがドアスコープで確認もせずに勢いよく戸を開ける。
不自然に乱れた髪を見た彼女は、驚きつつもオレを家の中に招き入れた。

見慣れた部屋がなんだか別の場所みたいで居心地が悪い。

「結婚するんだって」

出された飲み物に手をつける気にもなれず、オレはぼつりと本題を切り出す。

「そうそう。もう聞いちゃったんだね。早いなあ」

そう言って笑う彼女は、少し恥ずかしそうに目を伏せながらも嬉しそうだった。
いつもだったらもっと見ていたいと思うようなその表情は、今日ばかりはオレの胸を削ぐように抉っていく。

でも、ちょっとは期待したんだ。
ナマエが後ろめたい顔でもしてくれるんじゃないかって。
そのオレの淡い期待はほんとうに期待で終わってしまった。

彼女はいつも通りにいつもよりもきらきらした晴れやかな顔でオレに話しかける。君のことなんて何も気にしていないよ、って言われているような気がして心が折れそうになる。

「でね、本通り沿いのパン屋さんがおいしいからって連れて行ってくれてね、そこで彼と知り合ったんだ。もう笑顔がすっごい可愛いの。でね、⋯⋯イルミ?」

「ナマエはさ」
“あの約束のこと覚えてないの?”たったこれだけの一言が出てくれなかった。

“覚えてないよ”今の自分にはそのトドメの一撃を受け止めきれる自信が無かった。オレが口を噤むとナマエは不思議そうに顔を覗き込んで来る。

「⋯なんでもない」

ねえ、ナマエはやっぱり表の人間を選ぶんだね。

そうだ。オレみたいな人間なんて認められるはずがなかったのに。
きみはきみのままでいいよなんて生ぬるい台詞、信じるんじゃなかった。

「いつから付き合ってたの」

「ええと、一年前くらいからかな」

「そっか。オレ、全然わからなかったよ」

たった一年。嵐のように現れたそいつは、たった一年でオレが望んでも望んでも手に入れられなかったものを掠め取って行った。

オレが何年待ったと思ってるの?
それとも呑気に待ってたオレが悪かったの。

「うん。恥ずかしくて誰にも言えなかったの。イルミには何度か相談しようとしたんだよ。でも、いつも夜遅くまで仕事で忙しそうだったしなんとなく聞けなくって」

オレは殺し屋だからね。
少しでも近づきたくて、同じ世界に浸りたくて。ナマエの前では猫を被っていたから、とっくの昔に忘れてるかもしれないけど。

真っ黒い感情が渦を巻いて、そのあとすぐに頭が冷えていくのがわかった。

ごめんね。ナマエの気持ちを取り戻す方法なんてオレにはわからないからさ。
このオレが思いつく術なんてこれくらいしかないんだよ。
たぶんナマエには一生かかってもわかってもらえないんだろう。

「用事を思い出したから行くよ」

「もう行くの?」

立ち上がるとナマエが後ろを付いてきて扉の手前で立ち止まる。
振り向かなくても彼女の柔和な雰囲気が伝わってきた。きっといつものように送り出してくれるつもりでいるんだ。

「いってらっしゃい」

ナマエの穏やかな声を背中で聞いて、後ろ手で扉を閉めた。

頭の奥で鮮明に思い出せるはずのナマエの笑顔が、今は黒っぽく霞んで見えてオレは冷たくなった指先で針を握り締める。
変わってしまったのはきっと、きみじゃなくてオレの方。

もう待つのはやめだ。
オレが失った時間ときみの気持ちを取り戻しに行くとするよ。

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