一年目七月【中間考査】
この学園では年2回、大規模な校内模試が行われる。
7月に行われるのが中間考査、1月が期末考査である。さて、時節は7月。
すなわち、今は中間考査の真っ只中であった。
「なにこの問題!公式!わからない!」
一日目に古文と現代文、英語を終え、明日からは苦手な理数系だった。
高等部になって理数系の難易度が一気に上がった気がする。いや、明らかに上がった。
これまで一週間も机に向かえば難なく乗り越えられたものが、脳みそをフル稼働させてもまだ足りない。参考書に並んだ数字の羅列をナナミは睨んでいると、隣にいるヒソカがくすくすと笑っている。
「⋯なんでそんな余裕なの」
「ボクはスポーツ枠だからね」
「⋯ねえヒソカそれ言えばいいと思ってるでしょ。スポーツ枠で入っても模試で赤点取り続ければしっかり留年するんだからね」
「!」
ヒソカの事だからシラバスなんて読んでないのだろう。
静止するヒソカを放っておいて、ナナミは参考書と睨めっこを再開する。
使い勝手の良い図書館は同じく考査勉強をする生徒で満員だった。
棟の外れにあるこの第三自習室は図書館からも教室棟からも遠く、便が悪い所為で人も疎らである。ただ、南側にある窓のお陰で日当りは良く、ナナミは専らここを勉強スペースとして使用していた。
手頃だからという理由でヒソカを連れて来たのは間違いだったかもしれない。
三人寄れば文殊の知恵なんて言葉もあるし、彼でも多少勉強はしているだろうから足りない部分を補い合おうと思っていたのに。
「う〜ん、仕方ない。奥の手を使うか」
「奥の手?」
「そ。代価が大きいからあまり使いたくは無いんだけどね」
そう言ってヒソカは自分の端末を取り出して、何やら細かく指を動かしている。
「ちょっと待ってて」
「?」
しばらくして、自習室の戸ががらりと空いた。
「⋯何」
奥の手が来た。
「わざわざ人を呼び出しといて、まさか単に勉強見てくれなんて言わないよね」
イルミは額に鉢巻きを巻いて参考書を広げるナナミと、自分を見てにっこり笑うヒソカに目をくれると途端に声を低める。
「帰るよ」
「つれない事言うなよ」
「勉強しなきゃならないし」
「キミなら勉強しなくても余裕だろ?ほらナナミからも頼んで」
「お願いイルミ!ポッキーあげるから!」
ポッキーなんかでオレが釣れると思ってるの?とでも言いたげにきっかり三刻ばかり冷たい目線でナナミを見下ろして、根負けしたイルミが息を吐いた。
「⋯わかったよ。ただしヒソカからはちゃんといつもの報酬でもらうから」
「わかってるよ」
ナナミの手からひょいとポッキーを摘んで、イルミは後席に腰掛けた。
「で、どこがわかんないの」
*
頭の良い人は人に教えるのも上手いと聞くが、全くその通りだった。
どれだけ時間を費やしても全く理解できなかった問題が、「ああ何となくわかったかも?」に変化するまでになったのはナナミにとっては大きな進歩だった。
簡潔化されているが、ナナミにも理解できるよう噛み砕いて説明する彼の教え方に、ただただ感心する。
彼一人で文殊の知恵どころか、文殊そのものみたいだった。
「と、いう理屈になる訳。わかった?」
「わかった!イルミすごい!」
ふう、と息を吐く。一応の所、これですべての試験範囲のおさらいが終わった。
ペンをノートの上に転がして、背凭れに体重を乗せナナミは窓を見る。外は既に夕方を過ぎ夜に差し掛かろうとしている。黒い窓が二人の姿をくっきりと反射していた。
そこで、ある事に気づく。
「あれ、ヒソカは?」
「だいぶ前に帰ったよ。つまんないからって。さ、オレたちも帰るよ」
*
後日の昼休み、ナナミは玄関前の掲示板に貼り出された順位表を見上げていた。
イルミはあっさりと学年1位の座を掻っ攫っていった。
全教科満点というオマケ付きで。
「中間考査は基礎的な問題しかでないからね」
教科書の内容を全部理解していれば難しくないよ、なんて難しいことを涼しい顔で言っている。
そんなイルミを横目に、ナナミは教科別の順位表に目をやる。
「現文、もうちょっととれると思ったんだけどなあ」
自分はどちらかといえば文系脳である。複雑な公式や化学式をうんうん唸って覚えるよりも、筆者の心情を考えているほうがよほど易しい。
平均点よりは取れているが、それでも彼には届かない。
「でもナナミ、現文6位でしょ。そんなに変わらないじゃん」
「古文ならともかくさ、私、現文で満点取る人ってはじめて見た」
「そう?」
あんなに教えて貰った数学に至ってはヒソカとどっこいどっこいの成績だった。
納得いかない。
後日、補習組が集まる教室に彼の姿を見て、イルミと二人で指をさしてやったのは言うまでもない。