一年目六月【体育大会】



本日は快晴。


一部の生徒にとっては心待ちにしていた日、また一部の生徒にとっては気乗りのしない日。ナナミはもっぱら後者であった。体育の授業程度の運動量であればそれとなく無難に乗り越えられる。

しかし今日は体育大会である。

「あんた今日早く行く日でしょ!さっさと食べなさい!」

「⋯行きたくない」

ジャムの塗られたトーストにゆっくり歯を入れながらナナミは唸った。
こんなことならば、安全な立場で大会を見守ることができる実行委員会にでも立候補しておけばよかったと後悔するがもう遅い。

自転車を走らせ、ナナミは学校へと河川敷を行く。

学校の裏手の土手を自転車に乗ったまま滑り降りて、弓道場の脇を通り過ぎ駐輪場までショートカットする。
駐輪場にはすでに何台も自転車が停めてあった。

それもその筈。早い競技は早朝6時から試合を開始している。

学校祭に次いで規模が大きく全校挙げて行われるこのイベント。ナナミ一人がこっそり抜けたところで生徒はおろか教師の誰一人として気に留めないだろう。
大会は小学部、中学部、高等部に区分され3日間かけて行われる。と、ここまでは通常の学校の体育大会とさほど変わりはない。

この学園の特殊な所は、事前投票で決定した全30種の陸上球技ラケットスポーツに学部の全生徒がトーナメント戦を行うことにある。バスケットボールやリレー等、一部のチーム競技を除き、基本的に個人が表彰される。学年も性別も関係なくさあ戦え!と言わんばかり。

まるで天下一武道会といった調子である。

生徒は希望する競技の中から3つを選んでエントリーしなければならない。
どうしてもやりたくないという生徒のために、裏方で企画運営をすすめ実質大会に参加しなくてもよい立場の実行委員会という抜け道が用意されているのがこの学園らしい所ではある。

教室に入ると、何人かの実行委員会メンバーが書類を机に配ったり、掲示をしたりと忙しそうにしていた。このイベントを一番楽しみにしているであろうヒソカの姿はなく、代わりにナナミと同じ意志を持つイルミの姿があった。

「おはよう。ヒソカは?」

「バスケの試合に行った。本当何でそこまで楽しめるのか理解に苦しむよ」

「委員会に入ればよかったのに」

「ヒソカが参加しろって五月蝿かったからさ。ナナミもでしょ」

そういう事だ。

「競技何にしたの?」

イルミの隣に座って、彼の大会要項を捲る。

座ってできるからという理由で腕相撲。
これまた座ってできるからという理由で将棋。
あと一つが決まらないでいると、ヒソカに無理矢理テニスのダブルスを組まされた、ということらしい。彼らしい選択だ。

将棋や腕相撲は果たして体育大会の競技として成立するのかという疑問はあるが、全校アンケートで決められた結果であるから何も言うまい。

暫くそのままだらだらと喋っていると、教室の戸ががらりと開いた。

「やあ キミ達まだこんなトコにいたの」

学年統一の真っ赤なジャージを着たヒソカが顔を出した。

「イルミ、ダブルスの第二試合もうすぐだよ」

「⋯わかった」

読んでいた本を両手でぱたんと挟んで閉じて、イルミは重たそうに腰を上げた。

「更衣室寄ってから行くから、先行ってて」
教室を出て行くイルミに「オーケー」と返事を返して、ナナミの方を見る。

「ナナミは何に出るの?」

「ドッヂボールと腕相撲と⋯ボーリング」

比較的低労働でできる競技とは分っていてもアーチェリーやビリヤードは専門的な技術が要求されるからナナミには難しい。チーム競技は自分が足を引っ張る気がして選択できなかった。

「疲れたら辞めれるしね」

自分の一存で負けられる種目を選ぶのが一番現実的だった。

「やっぱりそういう選択基準なんだね」

折角全校生徒総当たりでやるんだから個人で競わないと面白くないだろう、というのは彼の主張だ。ナナミはイルミと同じく必要最小限のエネルギーでもってこの3日間を乗り切りたいのだ。





ボーリング競技とドッヂボールを早々に終わらせて、ナナミはクラスメイトの何人かの女子と一緒に陸上競技を見る為にグラウンドへ歩いていた。
フェンスをくぐると遠くの方から歓声が聞こえてくる。

芝生に体育座りで腰をおろして、学年対抗リレーの応援に混ざる。
リレーに出るだけあって、皆一様に早い。追いつ抜かれつの混戦模様に見入っていると、後ろから黄色い声が聞こえた。

何やらテニスコートの方が騒がしい。

「あれうちのクラスの男子じゃない?」

クラスメイトが指差す方向に目をやると、コートから出てくるヒソカとイルミの二人と目が合った。ナナミに気づいたヒソカがこちらに向かって歩いてくる。

「まだやってたんだね」

「うん。これから決勝だよ」

「決勝!?」

いつの間にやら彼らは着々と順位をあげていたらしい。
上級生や本命のテニス部所属の生徒を差し置いて、一年が決勝に進出するとは。

「彼、意外と負けず嫌いだから いつもいいとこまで行くんだよ」

「⋯⋯」

彼、と指を指されたイルミは、ラケットの上でボールを跳ねさせる遊びに興じながらもヒソカの発言を否定しない。
中学の時も無駄な運動はしたくないが、負けたくは無いというその不自由な性格ゆえ、種々の競技で地区大会や全国大会へ度々出場していたと聞く。

「決勝の相手はまだ見てないけど、多分勝てるんじゃないかな」

「ほえ〜」

「ナナミ、見に来てもいいよ」

決勝戦はこのあとすぐ行われるという。
自分のクラスメイトが決勝まで勝ち残ったという吉報は、電光掲示板で他の生徒にも知れ渡り、結局ヒマな生徒全員で試合を観戦することになった。

「頑張れー!」とクラスメイトが声を上げる。

声援を背中で受ける彼らを見て、全然似合わないななんて思いながらナナミもメガホンを取った。





「はあ〜、やっとこさ終わった」


長い3日間だった。
生徒達の汗と努力の空気にあてられて、随分と精神エネルギーを摩耗してしまった。

ナナミの記録は腕相撲とボーリングは初戦敗退、ドッヂボールも2回戦敗退。

参加賞のボールペンをぷらぷら振りながら、まあこんなものかと息を吐いた。

ヒソカの記録はバスケットボール4位、ハンドボール2位、テニスダブルス優勝。一年にしては十分な好記録で、ハンドボールに至っては彼一人で一試合平均40得点を叩きだしていたらしい。

イルミの記録は腕相撲3位、将棋優勝、テニスダブルス優勝。金色の文字が並ぶ証書を感慨無さげに眺める彼は、腕相撲の記録にまだ納得がいかないらしい。

「あいつに勝てれば優勝できたんだけどね」

「しょうがないよあの三年の人さ、パワーリフティングの地区代表なんでしょ。ステ振りが違うでしょ」

上々。輝かしい記録だ。というか、あっさりと将棋も優勝しているではないか。

「⋯私、次は実行委員会でいいや」

「オレも」

「キミ達若いのに枯れてるよね。てゆーかイルミ、キミ絶対競技向きの性格してるのに」

疲労感で鈍くなった頭で、来年はヒソカに何と言われようと絶対に実行委員会になろうと固く誓ったナナミだった。




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