一年目四月【入学式】



ナナミが通う国立TY学園は小中高大一貫の超マンモス校である。


その自由な校風と質実剛健たる教育方針、そして大企業へのアクセスの高さから子供だけでなく親からも多大なる支持を受けている。

一度入学してしまえば退学にならない限り大学までエレベーター式に上がって行けるため、小学部の受験における倍率は相当なものであり毎年20倍は下らない。

親達は毎年ばちばち火花を散らして我が子を受験戦争に駆り出すのだ。

しかしその倍率も学部が上がるにつれ徐々に下がっていき、ナナミが受験した高等部ともなると3倍程度まで落ちる。それでもナナミにとっては十分に高き壁であり、これでも1年間必死で勉強をしてきた。
その甲斐あって晴れて合格。今日の入学式に臨んでいるという訳である。


「暖かな風に誘われ桜の蕾も開き始め、今日私達全338名が無事に入学式を迎える事が出来ました」

代表の挨拶が静かな体育館に響く。
抑揚に乏しい声ではあるが、こうした場ではそれが適しているように思われた。

新入生総代は背中まである長髪を束ねた男だった。名前は…聞いていなかった。
制服さえ身に着けていれば外見は好きにしていいという奔放な校風を体現するような彼の出で立ちに舌を巻きつつも、ナナミは感心していた。

「ほえ〜ああ見えて賢いんだなあ」

総代ということは入学試験をトップの成績で合格したということである。
見た目はアレだが、ナナミよりも遥かに優れた脳みそをお持ちなのだ。

クラスはホール前の掲示板に貼られているとのことで、ナナミもその他大勢に混じって広間へと向かう。1クラスあたり約35名、計10組に別れている。

今年度は中学部から上がってきた生徒が8割、ナナミと同じく受験で入学した生徒が2割の計338人が高等部に進学した。卒業までにこの全員と面識を持つ事はまず出来ないだろう。

「ええと、私は⋯2組か!」

ホールで知った何人かのクラスメイトと共に階段を上がる。

2組の札が掲げられた教室へと入った。
教室の中は広く、教室と言うよりは講義室の様な構造だった。席順は決められていないらしく、適当な位置に座る。

教室の中は新しい顔ぶれと生活に浮き足立つ生徒達の熱気で、ざわざわと落ち着かない様子であった。それはナナミも例外ではない。話しかける人はいないか、先生はまだ来ないのかときょろきょろ周りを見回す。

しかし良く良くみて見ると、ほとんどの生徒は小学部や中学部からの顔見知りであるため、既にまとまりができはじめている様である。

ナナミが緊張しながら座っていると、後ろからとんとんと肩を叩かれる。

「ねえねえキミも受験組かい?」

妙に語尾にピンク色のニュアンスを含んだ男子である。

声もさることながら外見もまた然り。オレンジ色に染めた髪をさらりと流すその耳には赤いピアスを付けている。

「ボクもなんだ」

1クラスの中に受験組は約7人振り分けられている計算である。目の前の男子もナナミと同じその一人であるらしかった。

「ボクはヒソカ。よろしく」

「ナナミだよ」

成りは奇抜で人を寄せ付けない雰囲気があるが、中々気さくな奴かもしれない。
差し出された手を軽く握ってやる。

「ちなみに彼も受験組だよ」

ヒソカが指差した方向を見ると、一番後ろの席で足を組んで座っている長髪長身の男子がいた。
例の新入生総代だ。一緒のクラスだったのか。

「彼、ここ何年かの入学試験で一番の成績だったみたいだよ」

「ふうん。詳しいね。同じ中学だったの?」

「ボク実はスポーツ枠なんだよね。彼とはトーナメントとか競技会で何度か会ったことがあるんだ」

スポーツ枠と聞いて納得した。
ヒソカの体格は他の男子と比べると一回り程大きく見える。鍛えているらしく制服の上からでも肩幅の広さでそれがわかる。

「何やってたの?」

「色々とね」

入り口からは次々に生徒が入って来る。
早速制服を改造している紫髪の女子や気合いの入った剃髪の男子。もうヒソカや総代の彼位のインパクトでは動じなくなってきた自分がいた。

ややあってチャイムと同時に教師が教室に入ってきた。

出席簿を取るがてら自己紹介をするように言われる。もはや新年度恒例のこの催しは得意な方では無かったが、とりあえず友達のようなものは一人できたと胸を撫で下ろす。

総代の彼はイルミと言う名前らしい。
彼は名前と出身学校、学園の志望理由と簡便かつ簡素な自己紹介をして着席した。

声色は代表挨拶の時と同じく淡々としたもので、彼は元々そうした話し方の人物の様である。人前では絶対しっぽを出さないタイプ、ナナミは彼からそんな印象を受けたのだった。


*


「ナナミは部活何にするの?」

午前のみで放課となり、人もまばらの教室でヒソカがナナミに尋ねた。

「まだ決めてないんだよね⋯」

ナナミはううん、と唸る。

この学園では高等部に上がると全員が何らかの部活動に在籍することを強要される。

どこまでも自由なこの学園において、強要の二文字は一見ミスマッチだが、それもその筈だった。学園の部活動の数は高等部だけでも有に百を越えている。
これまでの学校生活で帰宅部という名を冠して自分を誤摩化しつつ生きながらえてきた自宅直帰型生徒がいたとしても、ここでは「家まで安全に帰る部」なる帰宅部が正式に存在するのである。

TY学園における部活動の多様性は、生徒の多様性に合わせた結果であるらしかった。

そんな訳でナナミもあと1ヶ月の内に、自分の部活を決めねばならない。

「ヒソカは何にするの?」

「ボクは陸上とバレーがメインかな。他にも面白そうな部があれば入ろうかと」

在籍する部活は一つでなくとも良い。
部の理念に即した行動ができ、出席ノルマをクリアできるのであればいくつでも掛け持ちが可能なのである。

「そういえばナナミは中学で何してたの?」

「私は美術部だよ」

「へえ、文化部だったんだ」

「最初は先輩が好きで入ったんだよ。で、先輩は1年で卒業しちゃったけど邪な理由で入部した割になかなか辞められなくてさ」

流石に約百個の部活動を全て体験する事はできないので引き続き美術部でもいいが、何か面白い部活があればそっちでもいいかなという心境だった。

「じゃあ、決めたら教えてよ。ナナミが入ったやつにボクも入るから」

「え。マジ」

スポーツはからきしだから、選択肢は文化部に絞られていた。

「ヒソカに文科系は似合わないと思う」

「そんなコト無いよ。ボク、どっちもイケるから」

「そうかなあ〜」

彼がパレット片手に大人しく着座して風景なんかを描いている映像が浮かんできたが、やっぱり似合わなかった。




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