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太陽は西に落ちた。

夕闇の人の気無い路地裏を一人の人物が歩いていた。
眩いばかりのネオンサインの光を避けるようにして、更に路地の奥へと進んでゆく。

照明を受けてその影は路地を進むにつれて長く伸び、次第に辺りに同化して見えなくなった。



「あれ」


影が何かに気付いたようにその歩みをふと止めた。

そして、やおら目深に被っていた毛皮のオペラハットを取った。


簾落ちるは奇怪な髪の色。


「ああ失敗。コレまで捕るつもりは無かったのに」


世に2人と居ない、蛍光グリーンのショートヘアをがしがし掻いてうわごとの様に呟いた。


目の前で親指程の小さな香水瓶を右に左に傾ける。

瓶の中には極微な砂に似た液体が、出来たての飴の色とも虹色ともとれる奇異な色彩を放ちながらトロトロと光を帯びていた。

暗い路地裏でその小瓶の周囲だけが幽かに明るい。




「どうするんですか」

誰かがそう云った。


「別にいいんじゃない。しかもこれ、すごく綺麗だし」


「それならなおの事じゃあないですか⋯⋯またアーカイブ処理不行き届きであの方に追いかけまわされても知りませんよ」


「あー、それは非常に、望ましくないというか」


「居所は調べておきましょう、貴女は砂を処理する準備を」


「あーあ。手間手間、めんどくさい」



その声は「しょうがないから返しに行ってあげるか、それもまた手間なんだよね」、と銀灰色の双眸を不服そうに細めた影の足元から聞こえた。

小瓶をコートの内ポケットにすとんと落とすと、帽子をふわりと被りなおした。


そして再び、影は路地裏を足早に歩き出した。




街灯の燈るアーケードを行き交う人々の喧噪の中を、黒いトレンチコートに身を包んだなりの女が悠然と闊歩する。

女は毛皮のオペラハットを鼻の下まで隠れるように被っている。


息を白くさせて駆け足で通りすがってゆく子供が、その方を見て甲高い歓声を上げた。


「見て、猫がいるわ!かわいい!」



女の横に寄り添って歩く一匹の白猫が緩慢に啼いた。
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