日本を離れている間は残念ながらプレイしていなかったが、俺がはまったゲームの登場人物の一人とよく似ている。
 いやいやそんなはずがあってたまるか。俺の考えていることが当たっていたら、ここは俺の世界じゃないってことになっちまう。
「おーい! 聞こえておるか小僧」
「あ、すみません。聞こえてます聞こえてます」
 手を振ったり大声を出す爺さんに返事を返して、降りられるところを探す。
 飛び降りれない高さじゃないが、トランクをここに置いておくわけにもいかない。かといってトランクを持ったまま飛び降りれる高さでもない。
 あまり段差のないところを選んで先にトランクを下に降ろす。
 その横に転ばないよう気をつけて段差を降りる。
「えっと、おじいさんはどうかしたんですか?」
「ちょーっと腰が痛くてのぉ。すまんが起こしてくれんかのぉ」
「ああ、わかりました」
 爺さんの傍らに膝をついて、腕を俺の肩に回してもらう。その体勢から爺さんの背中に自分の片膝を添えて背もたれ代わりにする。爺さんがいる方の腕で俺の体にくっついてない方の爺さんの腰を掴んだ。もう片方の腕を爺さんの反対側から回し、抱き合うような格好になりながら立ち上がる。もちろん爺さんの足がちゃんと地面を踏むように誘導しながらだ。ちょっと聞きかじっただけのうろ覚えな介護動作だが、これなら多少の体格差があってもある程度は抱き起こしたり立ち上がらせたりすることが出来る。ただし専門知識も勉強もしていないうろ覚えの素人知識なので鵜呑みにしないように。
 とにかく。
 なんとか甲冑を装着している爺さんを立ち上がらせた俺は、トランクのストッパーをかけてその上に腰掛けてもらう。
 結構な重さを耐えられる頑丈な品物なので、爺さんプラス鎧くらいなら耐えられる……と思う。
 それから地面に転がっていた爺さんの槍(?)を拾おうとして――
「重ッ!」
 重かった。
 見た目に比例して重量がある。
 これはもしかするともしかするかもしれない。
 爺さんには悪いがこれは引きずらせてもらおう。
「ええっと、おじいさんの住んでるところって何処ですか? 近ければ誰か人を呼んでくるか、送るかしますけど」
 できれば誰かを呼ぶほうでお願いしたい。
 こんな大荷物を抱えて移動するのはかなりの重労働になる。自慢じゃないが体格もそう良い方じゃないので、自分よりデカイものを抱えて(もしくは背負って)移動するなんて無理だ。
 そうはいってもなんか人が通りそうにないんだよな、ここ。
 もし誰も人が来なかったら、支えるのは勿論するとしても自力で歩いてもらわなくちゃならないな……と爺さんへ槍を渡して、ふと爺さんの座っているトランクの中身に俺が常用しているいくつかの薬を詰めていたことを思い出した。確か筋肉疲労とかそういうのに効く塗り薬もあったな。
「おじいさん、すみませんがちょっとその荷物開けていいですかね? 腰の痛みを和らげる薬があったはずなんで」
「おお、ちょっと待て」
 渡した槍を杖代わりにヨタヨタと立ち上がった爺さんに負担を掛けないよう、急いでトランクの中から携帯用の薬箱を出す。ついでに開けていないペットボトルの水といくつかのお菓子をショルダーバックへ移動させた。
 トランクを閉めてまた爺さんを座らせ直す。
 それから薬箱の中から塗り薬を取り出す。上下に分かれた作りになっている薬箱の下段には湿布がある。どっちを使うが迷ったが、とりあえず今出した塗り薬の方でいいか。
 プラスチックの容器に入った液状の薬に、爺さんは不思議なものを見る顔でマジマジと俺の手にある容器を見つめてきた。
 まあ、プラスチック容器なんて存在しないからなぁ。
「ええっと、これが腰痛に効く塗り薬で、患部に直に塗らなきゃいけないんだけど……」
 要はその甲冑を脱いでくれ、と言いたいのだが直接的な表現で伝えるのはなんだか気が引けた。
 こんな屋外だし、どう考えても俺の生きてる世界とは違う人っぽいので甲冑を脱ぐという行為がどれだけの危険を伴うのか、この爺さんしか知らないのだ。
「そうか。それなら脱がなくてはならんのぅ。ちと手伝ってくれんかの」
「…………俺でいいなら」
 結構簡単に承諾してくれた。
 もっと渋られるとかなんとかがあると構えていたんだが、あまりにもあっさりと手伝いまで頼んできた爺さんにビックリである。
「まずはそこんことを持って留め具を外してくれんか」
 もそもそと甲冑を脱ごうとしている爺さんに言われるまま、俺は爺さんの甲冑を剥がし始める。
 爺さんの甲冑は、なんというか剣道とかで使う胴防具の凝ったバージョンって感じだった。そんなに脱がせるのも思ったより大変じゃなかったので俺としては非常に助かる。これが正義の人とかだと絶対に着脱が複雑そうだ。
 脱がせた甲冑はこれまた申し訳ないが地面に直接置かせてもらった。
 背中の着物をたくし上げてもらい(これは裾が短めの作りだったらしく脱いでもらう必要はなかった)、塗り薬のキャップを外す。この系統の薬独特の薄荷臭が鼻を刺激する。
「ちょっとヒヤっとするかもしれないんで。あと、肌が弱いと薬の成分でヒリヒリしたりするんで、そうなったら言ってくださいよ」
「うむ」
 ちょっと恐々とした面持ちで頷いた爺さんに、じゃあ塗りますねーなんてナースみたいな声掛けをしてからスポンジの部分を爺さんの腰に押し当てた。
「うひょ!」
 変な声を出された。
「ちょ、大丈夫ですか? 止めます?」
「大丈夫ぢゃ! ちょっと驚いただけぢゃわい」
「ならいいんすけど」
 爺さんの上ずった声ってのは聞いた方にダメージがくるもんなんだな。初めて知ったよ。知りたくもなかったけどな!
 もう一度スポンジ部分を押し当てて(声は出なかったがビクっとされた)腰全体に薬を塗りつけていく。折角なんで肩とか首の方も塗ってみた。
 あんな重い甲冑を着て槍を振り回してたら肩も凝るだろうし。
「どうです?」
「むむぅ……ちょっとヒリヒリというかスースーするのぉ」
「それは薬が効いてるんだと思いますよ」
 あとメントール成分が。
 確信はないけどね。
「もう少ししたら腰も楽になると思うんで」
「すまんのぅ」
「いえいえ。気にしないで下さい」
 俺だって打算や下心がないわけじゃないんで。とは流石に言えないが、少なくともこの爺さんに恩を売っとけばいきなり死亡フラグは立たないだろう、というのが俺の思いだ。腹黒いとか言うな。もし本当に俺が思ってるとおりの現象が起こっていて此処が俺の知る世界なら、少しでも生き延びるための選択肢を増やしておくべきだろう。なんとなく同じ勢いで死亡フラグの下準備もされている気がしないでもないが。
「ところでおぬし、随分と面妖な格好をしておるのぉ」
 今更かよ。
 それまで俺の身なりに一切突っ込んでこなかった爺さんが、いきなりそんなことを言い出した。
 どうしたもんか。
 正直に話しても信じてもらえないどころか、下手すりゃ牢行き、最悪のケース処断なんてことになりかねん。
「そうですか? ああ、この国じゃそうかもしれないですね。俺のいたところじゃこの格好で普通なんすよ」
「ほぉ、おぬしもしかして南蛮の人間か? にしては言葉も通じとるんぢゃが」
 南蛮っていうと……えーっと何処だ?
 とにかく外国ってことだし、つい数時間前まで海外にいたわけだから、正解でもないが言い方を変えりゃ間違ってもないか。
 爺さんその設定使わせてもらいます。
 にしても予想が確定されていくなぁ。
「実は南蛮? ってのは分かりませんけど、外つ国に勉学のために渡航してたのは事実ですよ」
 嘘は言っていない。
 ただ激しく本当のことも言っていないだけで。
「ほうほう。するとさっきの薬も南蛮のものというわけぢゃな!」
「まあ、そんなもんです。俺の住んでたとこじゃ普通に売ってますよ」
 さっきショルダーバックに入れ直したペットボトルのミネラルウォーターを出して、キャップを外す。一口飲んで爺さんに差し出した。
「咽喉渇いてません? 普通に水ですけど」
 一応先に飲んで毒見したからか、この爺さんだからか、すんなりと受け取って普通に口をつける。
 いや、だからいいのだろうか。そんな簡単に知らない人から貰ったものに口をつけて。
 ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む爺さんが、なんだか心配になってきた。じーっと見つめているうちにペットボトルの水が半分以上なくなっていた。飲みすぎですよ爺さん。
「ぷはぁ!」
 ようやく口を離したと思ったら、三分の一しか残ってなかった。
 ちょっとは遠慮してくれ。
「美味い水ぢゃの!」
 そりゃそうだ。フランスで大人気のミネラルウォーターだぞ。初めて飲んだときに感動しまくって、大量購入したうえに家に送るほどだったんだから。
「そいつはよかったです」
「ところで、ボウズは何処にいくのかのぉ?」
「あー……」
 そういう質問されても困ります爺さん。
 つか、いまボウズっていったよな?!
 さっきまでおぬしとかだったのに、ボウズって言ったよな?!
「どうしたのぢゃ?」
「あ、いえ……実は行くこと無いんですよ」
「何故ぢゃい」
「外つ国に勉学のために渡っていたのはさっき話しましたよね。それで家に帰ってきたんですけど、家が無くなってて」
 無くなったんじゃなくて、俺がこんな野っぱらに放り出されたんだけど。
「困ってたらおじいさんの声がして今に至るわけで。だから何処に行くのかって言われても、行くことが無いっていうか、帰る場所がないっていうか」
 なんか自分で言っててすげー落ち込んできた。
 これが夢ならいいけど、なんだかそんな感じじゃないのは薄々気付いている。
 でも認めてしまったら、のっぴきならないことになりそうで。
 がっくりと肩を落とした俺を見かねたのか、爺さんが俺の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜる。
 え?
 いきなりの行動に爺さんを凝視すれば、爺さんは皺のある顔を更にくしゃくしゃにして俺の頭を撫で続ける。
「おじいさん?」
 ええっと……なんで俺は爺さんに頭撫でられてんですかね。
 そして爺さんのその表情はいったい?
「ならばわしと来るとええわい」
「え、は、えぇっ?!」
 いやいやいや。急に何言ってるんだ、この爺さんはっ。
 ああ、アレだよな。町まで一緒に行こう、的なニュアンスだよな。
「困っとるんぢゃろう? ボウズのおかげで腰も楽になったしのぉ。年寄りを労われる小僧を放ってしもうては、この北条氏政、ご先祖様に顔向けできんわい」
 ニコニコと笑顔全開で言い放った爺さんの言葉に呆気に取られる。
 この感じはなんというか、『町まで一緒』というニュアンスじゃない……な。とすると『ウチにおいでよ』のノリか?! 知らない人間に対して些か警戒心がなさすぎやしませんか。現代人でもねぇよ、そんな軽いノリ。
 それと、もう一つ気になるポイントがあった。
「北条、氏政?」
「なんぢゃ、儂のことを知らんかったのか」
「あ、いえ。名前は知ってました。有名ですし。まさか本人にこうして会うとは思ってなかったんで……」
 ぷくりと拗ねたような顔をする爺さんに、慌てて弁解する。
 爺さんがそんな顔しても可愛くないからやめてくれ。
 それよりも、問題は別のところだ。
 認めたくない。認めてしまったら、戻れなくなるような、帰れなくなるような、そんな気がする。気がするけど、もう認めなくちゃならないのだろう。どうせ問題を長引かせても事実は変わらないんだから。
「すみません。俺、あんまり礼儀とか知らなくて……さっきから、おじいさ……じゃなくて、北条さまに失礼な物言いばかりしてしまいました」
 グルグル回る思考とは別に、俺は爺さんに頭を下げた。
 本物だろうが偽者だろうが――もう本物だと断定してもいいんじゃないか、俺――、無礼討ちはされたくない。
「気にするでない。南蛮とでは色々違うのぢゃろう。それに言葉遣いは出来ていなくとも、年寄りを労われるものに悪いやつなどおらんわい」
「そういってもらえると助かります。正直、敬語とか尊敬語とか謙譲語とかわかんないもんで」
「普段どおりで構いはせんわい。さてと、そうと決まれば……風魔あぁぁぁっ!!」
 そこで風魔!?
 伝説の忍を呼んじゃうのかよっ
 つか、呼んで来るなら俺を呼び止める必要なかっただろうに。
 ぶわっと黒い霧みたいなのが渦巻いて、現れたのは言わずと知れた顔の半分以上を隠した赤毛の忍者。
 この顔、この声、『北条氏政』で『風魔小太郎』とくれば、もう決定的だ。決定打だ。
 認めざるを得ない。
 認めるほかに道などない。
 ここは、この世界は。







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