外国(とつくに)から故郷へ帰ってきたが、戦で家を失っていた(ことに対外的になっている)立花葵を主が城に住まわせて随分と経つ。
 本人の資質と主である北条氏政が孫のようだと猫可愛がりように、すっかりと城内に馴染んだ様子の彼は、本日も平素と変わらず部屋で女中たち相手に針子仕事を教えている。
 そこに己が混ざっているのは酷く滑稽に思えたが、葵の護衛を勤めているときは大抵がこういう状況だったりするので仕方がないと諦めることにした。
 どうも見られているのに姿が見えないのは落ち着かないらしい。それを聞いたときは己の力や葵が間者である可能性を疑うまえに、葵だからという己でも訳のわからない納得の仕方をしてしまったものだ。
 後に訊ねてみればひとに見られる仕事もしていたため視線には敏感なのだという。だから気配が分かるわけじゃないし小太郎がどうってわけでもないんだよ、と少しばかり困った顔で謝られた。
 忍に詫びるなど本当に変わった方だ。
 しかし、それもまた葵の魅力のひとつだろう。
 男にしては低い背丈も男臭さを感じぬ面も、本人は相当気にしているが、可愛らしいと思う。葵に言うと頬を膨らませて拗ねるのが、また可愛いのだ。あまり言うと本格的に拗ねて布団団子になるので程々にしている。
 そういえば葵の姉も大層変わった人間だった。
 見た目は然程似ていないのに(葵は小さく可愛いが姉は背が高く美人だったと記憶している)姉弟そろって優しく温かく風変わりなのは立花の血筋なのか、あの姉あってのこの弟なのか。どちらにしろ、己にとって彼らは主とは別に大切な者だ。
 大切に護りたいものだ。
 今までの己ではありえぬ心情もまた葵とその姉によって齎されたものだが、己はそれを喜ばしく思いこそしても煩わしいと感じることはない。この心情もまた護りたいもののひとつになった。
「小太郎?」
 ふと、己を呼ぶ声に手を止めて面を向けると、葵が眉を八の字にして己を覗き込むようにしてきていた。なぜそんな顔をされるのか。コテリと首を傾げて呼ばれたことに反応を見せれば、葵はどこか困ったような微笑みを浮かべていて。
「……(どうかしましたか?)」
「うん、その台詞バットでそのまま打ち返すから」
 ばっととは何かと思ったが、そのまま打ち返されたのが己の問いかけであることに気付き再びコテリと首を傾げた。どうかしたのか、と問われるようなことは何もないはずだ。己が話さないことを葵は承知であるし、手は変わらず糸を繰っていたので願い紐もだいぶ数が出来上がっている。
「……(なにか可笑しいところでも?)」
 願い紐の小山にさっと視線を滑らせてどこか不備でもあっただろうかと問えば、葵は己と願い紐の小山を見比べて頭を振った。
「なんでもないなら、いいんだけどさ」
 得心いかない顔で笑い、伸ばされた手がそっと己の頬を髪を撫でてすぐに離れていく。
 うっかりもう少し、と思った己はもう忍びとして腑抜けているのだろうが、あの手の温かさと優しさは中毒になる。これは葵の、というよりも姉の方から延々と与えられたせいなのだが、やはり葵の手も温かくて優しいものだから離れがたくなるのも仕方ない。
 離れた手を名残惜しく見つめていたことに気がついた葵の唇が、終わったらな、と音無く動く。それにコクリと頷けば、葵はふにゃりと笑って作業に戻っていく。
 己も同じように作業を再開しながら、こんな日々が続けばいいと忍びらしからぬ願いを思った。






(小太郎さぁ、ああいう顔で見つめられるとモフりたくなるから、やるなら人がいないときにしてよ)
(……?)




20121229





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