嵐、到来 3


「なに?」
「某、とうに元服しておりまする。『いい子』と言われるのは、その……」
「不満?」
「う。少しばかり」
「って言ってもねぇ。幸村も政宗も年下だもの。それに元服してるって言うけれど、こっちの世界じゃ未成年でしょ」
「こっちの世界じゃどういう仕組みになってんだ?」
 グリルの中の塩鮭をひっくり返しながら政宗が聞いてくる。気が利くというか、さすが料理好きといったところか。これ以上焼いていると焦げるという絶妙なタイミングだった。
「こっちは二十歳で成人なの。みんなね」
 肉じゃがもいい感じに温まったので、コンロの火を止める。小鉢を出して一人分ずつを盛っていく。
「そういえば、二人はいくつなの?」
 聞くと政宗は少し考える素振りを見せてから答えた。
「俺は十九だ」
「幸村は?」
「某は十と七でござりまする」
 やはり、二人とも予想通りの年齢だった。公式では正確な年齢は出ていなかったはずだが、サイトを廻る限りこの年齢が多かった。しかし、となると、だ。
「今のは聞かなかったことにするわ」
「人に年を聞いておいてなんだそりゃ」
「この世界ではお酒は二十歳になってから、という決まりがあるのよ。だけど、どうせ飲みたがるでしょ?」
「というか飲むけどな」
「だから聞かなかったことにするのよ。未成年に飲ませたとあったら私まで問題になるもの」
 飲んだ方も悪いけれど、飲ませた大人はもっと悪い。蓮とて未成年者の飲酒は歓迎も推奨もしないが、武将二人は向こうの世界ではすでに成人している身だ。基本的にはこちらのルールに合わせて貰わなくてはならないが、家の中でくらいは緩くてもいいだろう。
「そういうアンタはいくつなんだ?」
「私? いくつに見える?」
「Ah〜……幸村よりは年上だろうな、とは思うが」
「政宗よりも上よ。とっくの昔に成人してるわ」
「なんとっ! では佐助と同じくらいでございましょうか?」
「その佐助さんはいくつかしら?」
「二十と三だったかと」
「ん〜残念。もう少し上だわ。二十六よ」
 年齢を告げたときの二人の顔はかなり面白いことになっていた。
 年齢を発表して何故かショックを受けた政宗と幸村が立ち直ったあと。
 いい感じに焼けた鮭を運び、食事を開始してしばらく。リビングのテーブルに乗っかるぎりぎりいっぱいまで用意した料理と酒が、その量を半ばまで減らしたあたりで、蓮は飲んでいたワインのグラスをテーブルへ置いた。
「さてと。お腹もそこそこ満たされてきたところで、泥酔するまえにこの世界のルール、決まりごとを説明しておくわね」
 にこりと笑って見せる蓮に、政宗と幸村もつられるように持っていた杯をテーブルに置いた。
「ここが貴方たちの世界とは違うというのは、さっき理解してもらったばかりよ。詳しく言うと貴方たちの生きていた時間と似たような過去を持つ未来、という位置づけだと思うのだけど。そのあたりはその筋の専門家とかに聞かないとなんともいえないわ。とにかく、その似たような過去に戦国時代があって、『伊達政宗』や『真田幸村』、『片倉小十郎』『武田信玄』といった武将がいた。だけど、此処と其方は違うものだから、この世界の過去の結果がどうであれ気にしないで。
 それで此処からが本題だけど、この世界におけるこの日本国は、貴方たちの世界のような戦はないわ。個人同士の諍いごとはあるにせよ、他人を傷つけたら罪になる。よって、他人を害することのできる武器を携帯することは禁止されているの。つまり、貴方たちが所持している刀や槍は持っているだけで犯罪なのよ。小刀や苦無の類も駄目。警察という組織が治安を取り締まっているんだけど、その警察に所持していることが知れると捕縛されるから。悪いけれど武器の類はこちらで保管させてもらうわ。護身のことなら心配しないで。この世界の大半の人間は武術の武の字もかじったことがないから。武将である貴方たちなら素手で十分対応できるわよ。
 それから明日は日用品とか着替えとか必要なものを買いに行くからそのつもりで」
 喋り続けて乾いた喉をワインで潤し、ぽかんと間抜けな顔を晒している武将二人に、蓮は口端を吊り上げる。
「you see?」
 独眼の彼を真似て聞けば、その奥州の竜は隻眼をぱちくりと瞬かせた。
「いいのか?」
「いいも悪いもないでしょ。貴方たち、この世界じゃ身寄りなしなのよ?」
「そりゃあそうだけどよ……」
「さっきも言ったけれど、その刀や槍を所持しているだけで通報、身柄拘束、身分証明がないうえに世界を又にかけた迷子だなんて、頭がおかしい人に思われて病院に収容。それじゃあ困るでしょ? だったら大人しく私に保護されなさい。帰れるまでの期限付きで衣食住を提供するわ」
「そうだな。悪いが世話になるぜ」
「素直でよろしい。幸村も異論はある?」
「異論など! 確かに某、この世界のことをよく知らず、一人で生きていくことも難しいとなれば、立花殿のお世話になるしかありませぬ。しかし、その、こういったことを申しては失礼かもしれませぬが、某たち二人を抱えて金銭的なものとかは大丈夫でございましょうか」
 なんとまあ。
 そういった心配を、まさか幸村からされるとは思わなかった。
「立花殿?」
「そのあたりも大丈夫よ。これでもそれなりに稼いでいるし、貯蓄もある。貴方たち二人を養う当面の生活費くらいわけもないわ」
 ただし、これ以上逆トリップしてくる人間がいなければ、とは言わなかった。何人でもドンと来い! と言えるほどには財力がないので、そのあたりは逆トリップの神様……もし本当に居るのならばだけれども、追加要員がいるとしたら大食漢でない人をあと二人くらいまででお願いします、と蓮は武将二人の斜め上に視線を飛ばしてみる。
 まさか逆トリップなどという希少現象がそうそう起こるはずはないと思うけれど。
 こういう事は芋づる式に起こるパターンも存在するため、一概にどうこうという予測は立てられない。明日になって人が増えなければ、まずは増殖系逆トリップの可能性は低くなるはずだ。
 とはいえ、彼らの従者くらいは来てくれても構わない。今は平気だけれど何時かは切実に願いそうな気もするし。主に子守的な要素で。
「Hey! 大丈夫か、蓮?」
「ん、ああ。大丈夫よ、政宗。流石に仕事後だからちょっと疲れが出ただけよ」
 少しばかり思考を向こう側に飛ばしていたら、いつの間にか政宗が蓮の両肩に手を置き、前後に揺らしていた。
 どうやら思考を飛ばしすぎたらしい。
 幸村も心配そうに顔を覗き込んできていた。
「本当に、大丈夫でございまするか?」
「平気よ、幸村。それよりも」
 中途半端に言葉を切れば、くりん、と首を傾げる幸村。
 先ほどから気になっていたのだ。
「立花殿? 如何なされましたか?」
「それ、やめてほしいのだけど」
「それ、というのは何の事でございましょう?」
「だから、その言葉遣いよ。私は貴方の上司でもなければ、身分の高い人間でもないわ。一般人なの。それにこの世界には仕事上の上下関係はあっても身分制度はないから、そう堅苦しい言葉遣いをされても困るのよ」
「しかし! 立花殿は突然現れた某と政宗殿を受け入れてくださると仰せられた、心広きお方。そのような御恩のあるお方に非礼な振る舞いは出来ませぬ!」
「あー、うん。そうね。幸村の言いたいこともわかるのだけどね。……ちょっと、政宗。何、笑ってるのよ」
 まるでお館様である武田信玄に対しているかように、びしりと正座をして熱く語る幸村。その横で、ニヤニヤと面白いものをみている笑みを浮かべている政宗に、蓮は半眼で突っ込みを入れる。
 ついでに何とかしてくれ、と若干縋るように政宗を見ればアメリカンっぽいジェスチャーで肩を竦められた。
 ――前言撤回で追い出してやろうかしら。
「真田幸村。あんた、解ってねぇな」
 蓮から発せられた不穏な空気を感じ取ったのか、政宗が幸村の肩を叩く。
「某の何が解っていないというのか、政宗殿」
「だから、その言葉遣いだって言ってんだろうが。ここじゃあんたの物言いが珍しいんだ。警察ってのがどんだけいるか知らねぇが、俺らはあまり目立たないほうがいい。何がもとで俺たちがこの世界の人間じゃないかバレるか分からないんだぜ? 俺たちが違う世界の人間だとバレて迷惑が掛かるのは、俺たちをここに置いてくれると言った蓮じゃねぇのか?」
 真面目に、というと政宗に悪いが、初対面の時以来の真面目顔だった。
 色々と突っ込みを入れたい箇所もあったけれど。異世界人などと言われて、そうそう信じる人間がいるとは思わないし、ばれたとしても迷惑とは思わない。
 しかし、そんな政宗の言葉を受けて、幸村がぐぅと喉を鳴らす。膝の上で拳が握られたのが見えた。先程までの勢いは何処へやら。頭を垂れてしまった幸村は、そのまま床に伏した。
「ちょっと、なんでそこで土下座?」
「某、政宗殿に言われるまで思い至らぬとはまだまだ未熟! この真田幸村、立花殿にご迷惑を掛けぬよう精進して参ります故っ」
 必死。という言葉がぴったりとくる様子の幸村に蓮は深く息を吐き出した。びくり、と幸村の肩が揺れる。
「幸村。その心意気や良し」
 彼の上司たる武田信玄の物言いを意識して幸村の決意を肯定すると、ガバッと音がする勢いで頭が上がった。
 その顔は驚き三割、感激七割といったところか。キラキラと見上げてくる瞳に、柴犬あたりのそれが重なって見えた。
 犬の躾は最初が肝心。幸村もまた同じ、とばかりに蓮は続ける。
「まずは私を殿を付けずに名前で呼ぶことに慣れなさい」
「承知いたしました、蓮殿っ!」
「殿が付いてるわよ」
「ぐっ、蓮……殿」
「ほら、頑張りなさい。あなたならやれば出来るわ」
「蓮ど……うぅ、なんと難しいッ」
「諦めないの! 諦めたら成長しないわよ!」
「某、蓮殿のためにも精進いたしまするっ!!」
「それはさっき聞いたし、まだ殿付いてるわよ」
「うぐぐぐ」
 そこからしばらく、二人のやりとりに爆笑していた政宗が見兼ねて止めるまで幸村の名前呼び特訓は続いた。





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