※タイバニIFで黒子と美琴がシュテルンビルトにIN



 寂れた裏路地で白井黒子は頭を抱えたい衝動を耐えていた。
 目の前にはガタイが良く、人相の悪い男たち数人が感じの悪い笑みを浮かべて立ちはだかっている。二の腕が自分のウエストくらいありそうなものいれば、細いものもいる。剃り込みが入っていたり、ピアスを顔中に付けていたり、チラチラとナイフを見せつけている様子に、どこにでもいそうな不良というよりチンピラくずれだと思われた。
 無論、こんな連中に囲まれたところで黒子にとってなんの驚異でもない。
 頭を抱えたいのは、むしろ隣にいる黒子の最愛にして敬愛なるお姉さま、御坂美琴の存在だ。
「有り金ぜーんぶ置いていけば、ケガしなくてすむんだぜ? おじょーちゃんたち」
 明らかにこちらをバカにしているチンピラに、黒子は冷や汗すらかきながら、隣の美琴を見やった。
 携帯電話を手に画面から目を離さずにいる。カチカチとボタンを連続して押しているのはメールでも打っているのだろう。チンピラなんぞ意にも介していないあたり「さすが黒子のお姉さまですわ」と賞賛と呆れが半々だ。
 ただ、それが相手を煽るのだと美琴はわかっているのかいないのか。
「テメェ、聞いてンのか? 無視するってんなら痛い目見ることになンぜェ」
 金属音を響かせて、剃り込みの男がナイフの刃を完全に出して威嚇いてくる。
 剃り込み男の行動はどう見ても自殺行為だ。
 それを教えたところでこういう手合いのおバカさんは理解しないだろう。この男たちがどうなっても自業自得だが、その後の自分たちに面倒なことになりそうなのが嫌なのだ。
「お、お姉さま。できればここは穏便に済ませたいのですが」
 小声で美琴の耳元に進言する。
 それが男たちには怯えているように見えたのだろう。笑みを深くした男がアクセサリージャラジャラと鳴らして顔を近づけてきた。ヤニ臭い息に黒子が顔を背けたのを、さらに男を怖がったと取ったようだ。
「ほらー、こっちの子は物分かりがいいみたいだよ?」
 ヤニで黄色くなった歯を見せて男が笑う。
 別に物分かりがいいわけではない。むしろ、男たちのほうが誰を相手にしているのか察したほうが身のためなのだが、どうにも黒子の常識が通用する相手ではなさそうだ。
「あー……ダメだわ」
 携帯電話を閉じて美琴が嘆いた。
「圏外だし、繋がらせてメールしてもデーモンで返ってきちゃう」
「お姉さま……状況を分かっていらっしゃいます?」
 屈強な男たちに囲まれているとは思えない暢気さに、黒子はがっくりと肩を落とす。
 黒子に言われて美琴はようやく周囲の男たちに目を向けた。途端に美琴の眉が顰められた。
「なにこいつら」
「アァン? いまさら何言ってやがる」
 刺青の入った男が凄むが無意味もいいところだ。
「鬱陶しいなぁ」
 そう呟いたのを黒子は聞き逃さなかった。
 バリッ、と美琴の身体が放電を始める。
 美琴を止めるか、連れて逃げるか迷ったのは一瞬で、すでに放電している美琴に触るほど愚かではない。美琴の愛の電撃は喜んで受けるが、お馬鹿なチンピラどもの巻き添えは食いたくない。
 結局取った行動は後方に下がるというものだった。
「なっ!?」
「こいつNEXTかっ!」
 男たちが色めいたが、もう遅い。
 路地に電撃の光が溢れ、男たちの悲鳴が轟くのを、黒子は遠い目で見つめていた。




 時間は少し遡って。
 ブロンズの大通りから一本入った通りをアントニオは歩いていた。
 といっても、会社に向かう訳でもなければ散歩でもない。目的の場所はあって、そこに向かっている最中なのだが、気分は下がり気味だ。
 昼過ぎにアニエスからジャスティスタワーへ呼び出されたヒーロー達は、極秘で任務を仰せつかった。
 『異界の門扉』という特異なネクスト能力者が、その能力を暴発させたという知らせが当局に通報されたのだ。
 その能力は文字通り『異界』との『門扉』を開くもので、異世界との行き来が出来るものらしい。なんともファンタジーな力だが、炎やら氷やら雷やらを操る能力だってある意味ファンタジーだろう。
 問題は『往来が出来る』という点だ。
 うっかり通ってしまいゲートが閉じて帰れなくなることもあると聞けば、市民の安全のためにもヒーローが出て行くことになる。
 能力者自身はゲートを通過したことを関知できるとのことで、幸いなことに『こちら』からゲートを通ったものはないとのことだった。
 けれど『あちら側』から通った形跡がある。
 そう言われたときの絶望感といったらない。
 いくら市民の安全を守るヒーローだからといって万能でもなければ不死身でもない。ネクスト犯罪者ならまだしも異世界などという、わけのわからない場所からやってくる正体不明のものを相手にするのは恐怖だ。核兵器でも死なないようなエイリアンが来たらどうする。考えただけで胃がひっくり返りそうだ。
 それでもアントニオはヒーローだ。
 猛牛戦車の異名をとるロックバイソンはどんな相手にも勇猛に突撃するのみである。
 半ば自棄に近い気合いをいれたアントニオの視界の先で、裏路地から青白い光が溢れるのが見えた。ついで聞こえた男たちの悲鳴とドンッという衝撃音に、アントニオは顔をひきつらせた。
 アニエスから指示された場所がいま悲鳴が聞こえた場所だったからだ。
「マジかよ……いや、でもこれもアニエスさんのためだっ」
 そこは市民のためじゃないのか、というツッコミは周りに誰もいないため入ることはない。
 アントニオは自分の頬を両手で叩くと、目的の場所でもある路地へ入る。
 途端、ばちっと強い静電気のようなものが側の壁に走り、ヒィ! とアントニオは悲鳴を上げた。
「動かないで」
 不機嫌そうな女の声が聞こえて、アントニオは静電気の走った壁から声の方へと顔を向ける。
 路地の奥で、ブルーローズとそう変わらない年頃にみえる少女がこちらに向けて片腕を構えていた。いつでも攻撃できるのだと言わんばかりに睨みつけられる。
 もう一人、彼女の斜め後ろに同じ年頃らしい少女もいた。こちらは特に敵愾心はなさそうだが、その代わりにアントニオを観察しているようだった。
「アンタもこいつらの仲間?」
 こいつら、というのはちょっぴり焦げて地面に転がった、見るからにガラの悪そうな連中のことらしい。
 ブロンズの治安があまり良くない場所でたむろしているような輩と同種に見られたのは、たぶん容姿のせいだろう。ガタイが良く強面の部類に入るアントニオは、子供に受けがあまり良くない。
 昔なじみの親友は「心意気は優しいんだけどなぁ」と評してくれるが、いま緊急で必要なのは彼女たちに警戒されない見た目だと思う。
 こんな少女が相手だとわかっていれば、バーナビーに来させたのに。
「ちょっと。聞いてんの?」
 構えている少女の、不機嫌どころか危険度を増した声に、アントニオは冷や汗をダラダラと流しながら、コクコクと首を縦振りする。昔見た牛の振り子人形のようだと思った。
 脳裏にニヤツいた顔でからかってくる古馴染みの顔が浮かんだが、想像の髭ナルシスなどどうでもいい。まずは彼女たちの警戒心を解くのが先だ。
「落ち着いてくれ。俺は怪しいもんじゃない」
 両手を顔の横に上げて、敵意のないことを示す。
「NEXT能力の被害に合った君たちを保護しに来たんだ」
 彼女たちが異世界の住人なら、いきなりNEXT能力などと言われても普通なら分からないだろう。
 だが、目の前の少女はドラゴンキッドのように電撃を操ることが出来るらしいというのは先ほどの威嚇攻撃で察しがついた。電撃を操る能力を使う人間なら『能力の被害』と言えばそれなりに話を聞いてくれるはずだ。
 そんな期待をこめてホールドアップし続けるアントニオに、少女たちはちらりと互いに目配せをしあう。
 無言のやりとりのあと、まだ警戒心は残るものの攻撃の構えを解いてくれた。
「どういうことか、聞きましょうか」
 電撃を放った方の少女が腰に手を当てて、そう言った。
 随分と上からの物言いだったが、年下からのそういう扱いには幸か不幸か慣れている。おもに親友の相棒からのものだが、お綺麗な顔で睨まれると怖さが倍増されるものだ。ハンサムから時折向けられる敵意っぽいものを考えれば、少女たちの態度は可愛いものだ。
「異世界どうしを繋ぐ『異界の門扉』って能力が事故で暴走しちまってな。そのゲートがいくつか開いて別世界に繋がっちまったんだ。俺はそういう事件事故の対処みたいのをする仕事についてて、『こっち側』に迷いこんじまった奴を保護しに来たんだよ」
 ヒーローだと名乗っても良かったが、そうするとヒーローとは何かを説明しなくてはならなくなる。とりあえず状況を理解してもらえるように説明をしたら、結局よくわからないようなものになってしまった。
 これでわかってくれただろうか。
 ビクビクと少女たちの様子を見てると、電撃少女の後ろにいたツインテールの方が顎に手をあてて、考えるような仕草をしていた。
「つまり、私たちはこちら側で発生した能力の暴走事故に巻き込まれて世界を越えた……ということでしょうか。そして、この大男はこちらの世界の『警備員(アンチスキル)』のようなもの、と」
 独り言、にしては大きなツインテールの呟きにアントニオはふと引っかかるものを感じた。
「異世界移動なんて、そんな規模の能力が存在するわけが……いえ、でも本当に世界を移動したというのでしたら、街の様子が見慣れないのも無理からぬこと。超長距離を移動する高レベルの能力者がいるという話も聞きませんし、もし仮にいたとしても、同じ空間移動系の能力者同士ではAIM拡散力場が干渉しあうから移動させることなど不可能のはず」
「異世界移動は空間移動系とは別の能力ってこと?」
「そこの大男さんが言うことが正しいなら、そういうことになりますわね。いささか信じられませんけれど」
 ツインテール少女の言葉にアントニオはがしがしと頭を掻いた。
 なにやら難しい単語に言っていることはさっぱり理解できないものの、とにかくこちらの言うことを理解してはくれていると思いたい。
「信じ難いのは確かなんだけどね」
 ツインテールに同意する電撃少女が難しい顔をする。
「まあ、会話が英語だし。どうも学園都市じゃないっていうのはわかったから、ここは大人しく言うこと聞きましょうか」
「そうですわね。黒子もお姉さまの意見に賛成ですわ」
 ああ、そうか。とアントニオは一人納得した。
 先ほど引っかかったのは、彼女たちの、というかツインテールのほうの喋り方が知り合いに似ているからだ。敬語にしても珍しい言い回しをするのはそうそういない。
 なんとなく彼女たちに親しみのようなものを勝手に感じたアントニオは、いつまでも裏路地にいても仕方ないのと詳しい説明をするために近くのカフェへと移動することにした。



 さて、アントニオ・ロペスといえばヒーローズに共通の認識がある。
 ゴツい見た目に反して心優しい男。面倒見がいい。意外と恐がり。そして本人に非がないところで不憫な目に遭う。というかもう存在が不憫、ということだ。
 そして、その不憫スキルはお約束のように発揮された。
 カフェに移動して自己紹介をするまではよかったのだが、その直後に美琴に伸されたチンピラどもが徒党を組んで再登場。店の備品をいくつか壊す乱闘になったあげく、美琴と黒子がタッグを組んでチンピラどもを完膚なきまでに撃退し、その間中アントニオは店に頭を下げまくり慰謝料として財布の中身をほぼ全部渡す羽目になった。
 それから彼女たちが帰還できるまでの数時間、ひたすらにシュテルンビルトの観光地をめぐり、買い食いをし、土産物を物色というコースになったのは、アントニオの世話焼きスキルが発揮されたこともあるだろう。
 結局、両手にシュテルンビルト土産を大量に抱えた美琴と黒子が『異界の門扉』をくぐる頃にはアントニオの懐は大寒波の氷河時代が到来することとなった。
「……とんだ災難だった」
 話の最後にそう締めくくったアントニオは、がっくりと肩を落とした。
 数時間で随分な痛手を負ったのは、その焦燥っぷりからひしひしと伝わってくる。精神的にも疲労しているのだろうが、主な原因は財布に吹く空っ風のせいだ。ゴールドステージに出店しているスィーツショップにも行ったというから、そうとうな痛手だろう。
「無事に帰してあげられたんだから、そんな落ち込まないの」
 そんな彼にぴったりと体をくっつけたネイサンが、ミス・ウイスキーとグラスへ注ぎいれてやった。
「なんか、大変だったんだね。よかったらボクのフリッター少しあげるよ」
「なら私はこのナゲットをあげよう。そしてサラダもだ」
 パオリンとキースがアントニオの皿にお裾分けを置くと、それじゃあ……とイワンやカリーナまでもがお裾分けに参戦しだす。
 次々と皿に乗っけられる慰めのお裾分けに感激するアントニオに、「あまりにも不憫。しかしそれがアントニオクオリティ」と悪友の不憫さを笑う虎徹も、ツマミのサキイカを皿の端にお供えする始末だ。
「……なにをやってますの、先輩方は」
 変わらず元気そうな電撃タイフーンに呆れながら、春希も自分の皿からローストビーフをそっとアントニオの皿へ移した。




20140105


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