※シリーズ主以外の幼女主で海老ちゃんの子育て奮闘記(?)
H−01。
マーベリックの事件において、虎徹に代わりヒーローに添えられる予定だった黒いワイルドタイガー型のアンドロイドだ。一体はバーナビーの放ったビームライフルによって破壊され、大量生産されていた残りの機体もほとんどが廃棄・処分されたはずだった。
しかし、マーベリックとロトワングの目的を考えなければ、棄てるには惜しい技術に、いくつかの機体はアンドロイド研究施設に保管されている。
そしてアポロンメディアの斎藤のラボにも一体だけ持ち込まれた。
ブルックス夫妻の意思を正しく現存させたい。セーフティガードだのなんだのを突破したのが斎藤だったから。正しく研究して今後に役立てるように。細々とした理屈と理由を重ねて、ようよう一体だけ所持が許可されたのだ。
マーベリック事件後、低迷するアポロンメディアの株価とHERO TVの視聴率に、市民の信頼の回復に会社も必死だったなか、ラボの方といえば開店休業状態で割り合い暇だった。
バディヒーロー二人が揃って引退したため事件があっても出番はない。着るもののいなくなったヒーロースーツとチェイサー、トランスポーターの整備と改良が出来るだけでも御の字なのかもしれない。
けれど斎藤はそれだけに収まらなかった。
引き取ったH-01に新たなセキュリティを施し、セーフティモードを搭載し、骸骨のような外観のままではなんだか可哀相なうえ見た目的にも恐いからという理由でスキンを造って被せた。
ワイルドタイガーの中の人、鏑木虎徹に似せたのは斎藤の遊び心に他ならない。
本物の虎徹よりも肌の色が濃いめだったり、目の色を赤くしたり、髪の色も少しだけ変えてみたりと楽しんだ。そこにバーナビーの意見が混ぜ込まれているのは、斎藤とバーナビーだけが知るところだ。
そんなこんなですっかり鏑木虎徹2Pカラーとなった元H-01は、引退から約一年でヒーロー界へと戻ってきたバディヒーローの元に預けられることになった。
そして−−
ちょっとした事件を経て、彼らのところに小さな家族が増えることになった。のだが。
「ごぉめぇんって!」
猫撫で声が聞こえてきてH−01ことクロは、通りがかった部屋に顔を覗き込んだ。
床に這い蹲って虎徹がベッドの下を覗き込んでいる。
「許してくれよぉ。悪気があったわけじゃないんだって!」
「ごめんで済んだらポリスいらないのっ」
ベッドの下から少女の怒声がして、どうやら虎徹が彼女を怒らせるようなことをしたのだということは知れた。
部屋の中に入って虎徹の側に立つ。
「どうかしたのか?」
「うわっ!? びっくりしたぁ」
声を掛けると驚いた虎徹が床から数センチ飛び上がった。
そこまで驚かせただろうか、と思ったが今は虎徹よりも彼女の方が最優先事項だ。それはクロに新しくプログラムされた護衛の優先順位がそうなっているからだが、それ以上に彼女がクロの友達で家族だから、というのが虎徹の言い分だ。
「虎徹。エリスに何をした?」
だから、クロが虎徹よりも彼女を優先するのは至極当然というわけである。
まだ感情があまり動かないクロに見下ろされて、虎徹はひくりと頬を引きつらせた。これは何かやらかしたらしいというのは、虎徹の行動パターンを鑑みればすぐに分かる。
「エリス」
虎徹の隣に膝をつきクロはベッドの下を覗き込むと、泣きはらしたのか目を赤くしたエリスがベッドの下に縮こまって虎徹を睨みつけていた。
よほどのことがあったのだろう。
「何があったのか教えてくれるか?」
「こて、こてつが、ねっ、クロが作ってくれた、エリスのプリン…っ食べちゃっ」
赤くなった目から新たに大きな涙の粒を零すエリスに、クロは隣にしゃがんでいた虎徹の頭を殴った。正確には軽く叩いた。
べぢん、と音がして虎徹が思いっきり痛がった。
「虎徹が悪い」
「だからっ、ちゃんと謝っただろー」
叩かれた頭を抱えて虎徹が喚くが、そんなこと知ったことではない。
子供のプリンを食べてしまう大人がどこにいる。ちゃんと人数分を作って、虎徹にはとっくに食べさせているというのに、何故このマスターその二は冷蔵庫に仕舞っておいたプリンを食べてしまえるのか。
あとでバーナビーに言いつけよう。虎徹を叱ってもらわなくては。
クロはそっとベッドの下に片腕を伸ばした。
「そんなに泣くな。プリンならまた作ってやる」
笑顔の表情プログラムを最大に表に出して、クロはエリスに笑いかけてやった。
「あのプリンが良かったの!」
エリスが吠えた。
ベッドの下でずりずりと奥に引きこもりながら泣き続けたまま、いかにあのプリンが良かったのか、楽しみにしていたのかを非理論的な展開で訴え続けるエリスに、虎徹がぐっと真剣な顔になった。
「ごめん、エリス。俺が悪かった。どうしたら許してくれる?」
虎徹の真摯な態度もエリスには通用しない。
子供の癇癪とはそういうものだとある。が、いつまでもエリスをベッドの下にいさせるわけにもいかない。掃除は行き届いていてもベッドの下は潜るものではないのだ。
「プリン、返してくれるなら」
むっすりとムクレた顔で答えたエリスに、虎徹はベッドの下に上半身を突っ込んだ。
ああ、これで洗濯物が増えた。
クロはTODOリストに二人分の洗濯物を追加して、成り行きを見守る。
「同じのは無理だ。俺が食べちゃったから。でも、新しいのは作れるからさ、クロに手伝ってもらって一緒に作ろう。な?」
虎徹の言葉にエリスが躊躇った。
このままむくれていてもプリンは食べられないというのは分かっているのだろう。許してプリンを作るか、それとも気持ちを優先してベッド下に籠もったままでいるのか揺れているのだろう。
答えを探すように虎徹とクロをしきりに見比べている。
「エリス」
現場でよく見る表情を向けて呼びかける。
現場で被害者を安心させるのも、ぐずる子供を宥めるのも虎徹にとっては変わりないのかもしれない。
ぎゅっと眉を寄せたエリスは、虎徹とクロの二人の手を掴んだ。
頭をぶつけないようにベッドの下から引っ張ってやる。出てきたエリスはパタパタとスカートを整えると腕を組んで、わざとらしく頬を膨らませた。
「……プリンにさくらんぼとクリームもつけてくれたら許してあげる」
「おう! まかせとけって」
サムズアップする虎徹のその手をとって、家計用の財布を乗せる。
「クロちゃん、なにこれ?」
「プリンの材料もサクランボも生クリームもない。虎徹が請け負ったのだから虎徹が買ってくるのが筋だろう?」
「スジってものだよ! ねー?」
エリスが同意を求めてきたので、クロは一つ頷いて同意した。
「えぇっ!? でも、いま雪降ってて外寒い…」
「ヒーローが嘘つくんだ」
潤んだ目で睨み上げられた虎徹は、財布を握りしめて肩を落とした。
「……行ってきます」
「なんでこんなに巨大プリンが」
リビングのテーブルに大皿で用意されたプリンアラモードを前に唖然としたバーナビーに、エリスは口の周りに生クリームをつけて笑った。
20130101 初出
20131001 加筆修正