※ミサカ妹 in シュテルンビルト with WT&夢主



 ばちばちと青白い電気を纏って、ソレはいきなり現れた。


 久しぶりの休日で、天気も良かったから春希を連れて何処かに出かけても良かったのだが、疲れているだろうから、と気を使って家で快適に過ごせるようにわざわざセッティングまでしてくれたので、好意に甘えることにした。
 スナック菓子と、レジェンドコーラに、コーヒーまで。虎徹の好きなものを準備して、春希は『ヒーローTV・レジェンドスペシャル ディレクターズエディション』のDVDディスクをプレーヤーに突っ込んだ。そうして、そのまま昼飯の買い物をしてくると財布を持って出て行った。
 こういうところは自身の相棒によく似ている。
 相手のことを考えて行動しているのにそれが時折空回り気味になるところなど、兄妹かよとツッコミたくなるほどだ。バーナビーの方がメディア向け以外の対人スキルが低い分、空回りっぷりが大きいけれど、本当によく似ている。
 虎徹から見ればものすごく気があっているのに、どうしてか二人は顔を合わせると喧嘩ばかりしている。ネイサンは『同族嫌悪かもね』と笑って言っていたが、出来れば二人には仲良くしてもらいたい。
「昼飯くらいデリバリーでもいいのになぁ」
 せっかくの休日にこうしてノンビリと家にいるのなら、ピザなんかを頼んでしまえばいい。二人でビデオを見ながらピザを食べてみたい。
 それでも、色々と虎徹のために準備をしていた姿が嬉しそうで、そんな春希を見ていると好きにさせてやろうと思った。
 早く帰ってこないだろうか。
 きっと座って待っていろと言われるだろうが、昼飯を作るのは無理にでも手伝おう。
 そう心に決めてレジェンドコーラを片手ににテレビを観る。レジェンドのDVDを見始めて三十分くらいたった頃、いきなりテレビ画面が乱れた。
 ちりっ、と一瞬ノイズのようなものが画面を走った。
 まさかディスクに傷でもついたのだろうか。傷が浅ければ研磨だけでノイズも消えるはずだ。
 傷が付いた状態で鑑賞を続けて悪化したらコトだと、再生停止のためにリモコンへ手を伸ばしたところで、異変に気がついた。
 一瞬だと思っていたノイズが、徐々に大きく激しくなっていく。
「な、なんだ?!」
 ディスクかデッキか。それともテレビ自体なの故障か。
 画面に走っていたノイズは、いつの間にか可視化した静電気のようになり、テレビだけに留まらなくなった。
 リビング内にばちばちと青白い電気が走る。
 持っていた缶を投げるように離し、ソファの裏に転がり落ちたのは咄嗟の判断だ。
 次の瞬間には雷が落ちたかのような轟音と共に室内がスパークした。
 直撃したわけでもないのに、部屋を震わせた電撃に虎徹の全身もビリビリと震える。
「……なんだったんだ、今の」
 落雷を想わせる震動が収まったところで、虎徹はソファの影から起き上がった。
 リビングは一瞬にして物が散乱していた。
 虎徹がソファ裏に飛び込んだ時に蹴ったのかスナック類が散らばっており、飲みかけのコーラを投げ出したおかげで黒い水滴がいくつか床に模様を描いていた。
 そして。
 どこから現れたのか、テーブルの上にはどこかの学校の制服を着た見知らぬ少女が仁王立ちしていた。
「誰だ?」
 不測どころか予想外の事態に、虎徹は警戒しつつ誰何の声をかける。
 さすがに相手が少女であっても登場のしかたからして普通ではない。なにかしらの能力を持っていると考えて然るべきだ。
 どんな出方をされても対処出来るように態勢を保ちながら様子をうかがう。
 少女はぐるりとリビングを一瞥する。茶色っぽい目が虎徹を捉え、少女の指先から電撃が飛んでソファの座面に小さな焦げ痕をつける。
「おいおい勘弁してくれよ」
 このままではマズイ。
 どうやらドラゴンキッドのように電撃使いらしい少女を素手で相手取るのは、好きなだけ感電させてくれと言っているようなものだ。
 しかも、時間的に 春希がいつ帰ってきてもおかしくない。
 こういう場合、虎徹と同じで非常にタイミングがあう。ハプニングに遭遇しやすい星のもとに生まれたんじゃないかというくらい、春希もハプニングに巻き込まれる率が高い。
 ただいま帰りました、と玄関での声が聞こえた。
 案の定というか、今回に限って言えば本当にタイミングが悪かった。
「春希、来るなっ!」
 マズイと思ったときには玄関に向けて叫んでいた。
 瞬間、ズドンだかドガンだか形容のし難い音がして、ソファの表面に更に焦げあとがついた。
 やはりこの少女もNEXT能力者ということか。
 通報するにしても隙を見せたら先ほどの雷撃で焦がされてしまうだろう。
 帰ってきた春希が通報してくれたら、と期待するが玄関先で荷物を放り出す音に冷や汗が出た。
「馬鹿ッ! 来るなっ!」
 来させないために叫んだはずが、逆効果だった。
 リビングに飛び込んできた春希に怒声を上げる。
 だが、春希はリビングの惨状や虎徹の怒声よりも、虎徹と対峙している少女の方に気を取られていた。
 まっすぐに少女を見る目は驚きに満ちている。
「……美琴、先輩?」
 恐る恐る呼んだ名前は、少女のものだろうか。
 知り合いかと問う前に、テーブルの上の少女が春希を見た。
「ミサカはオリジナルの御坂美琴とは違います、とミサカは訂正します」
 平坦な声で少女が応えた。
 出来ることなら取り押さえたいが、こちらに対して警戒を解いていないのでは身動きできない。電撃を纏った腕が虎徹に向けられたままだ。
「確かに。美琴先輩はそんな喋り方をしませんわ」
「あなたはお姉様の知り合いですか、とミサカは質問します」
「……昔、お世話になってました」
「なるほど。それならば敵対する必要はなさそうです、とミサカは状況を分析します」
 首肯して応えた春希に、少女は構えていた電撃を収め腕を下ろした。
 あれだけ警戒していたというのに、随分とあっさりとした反応に拍子抜けだ。
「いきなり目の前に見知らぬ男性がいて驚いたとはいえ少々やりすぎたかもしれない、とミサカは反省の意を表します」
 反省しているどころか表情筋がほとんど動いたように見えない顔で言われた。
 驚いただけで電撃を食らわされそうになった虎徹としては、少々やりすぎどころではないのだが、少女に文句を言っても仕方がない気もする。
「えっと……春希の知り合い?」
 ファイティングポーズを崩していいのか、維持しておけばいいのか迷って、なんとも中途半端な格好のままにたずねる。
 春希が困惑した顔で曖昧に頷く。
 なにかあるのか、と思ったところで春希がぐるりとリビングを見回す。
「とりあえず、落ち着きません?」
 つられるようにリビングを見回すと、いろんなものが散乱しまくっておりソファと床にいくつかの焦げ目がついていた。
 まるでハリケーンが過ぎ去った後のような有様に、そうだな、と肩を落として虎徹はソファを元の位置に戻しはじめた。



 テーブルに土足で上がっていた少女にも手伝わせ、三人で家具を元に戻して、散乱したスナックやら飛び散ったコーラを片付けた。
 春希が買ってきたものを冷蔵庫へしまい、コーヒーを準備したところでようよう腰を落ち着けた。
「つまり、春希の知り合いの妹、ってことでいいのか?」
 ざっと人物相関を説明してもらったが、なにやらややこしくてイマイチ虎徹には飲み込めていない。
「ミサカは御坂美琴のクローンなのです、とミサカは淡々と事実のみを告げてみます」
 一口コーヒーを啜って顔を顰めた少女が、砂糖を投入しながら淡々と言う。
 自分で自分の行動やらも言葉にする、なんとも変わった喋り方だった。
 春希も結構珍しい喋り方をする方だ。春希の場合は子供の頃に助けてもらった先輩がそういう喋り方で、真似をしていたら癖になったと聞いたが、もしかしたら学園都市の出身者は独特の喋り方をしなくてはいけない条例でもあるのかもしれない。
「クローンってクローンだよな?」
 クローンというのはアレだ。
 遺伝子をどうこうして元の遺伝子とおんなじものを作る技術だ。つまり少女は御坂美琴という人間を元に作られたコピー人間ということになる。
 技術的には可能だし、家畜や野菜なんかにはとうに採用されている技術だ。とはいえ、それを人間に使うことは倫理的な問題もあって許可されていないはずだ。
 自分はクローンです、なんて初対面に相手に普通なら言わない。
 もしかしてブラックジョークの一種のつもりなのだろうか? これ、どこで笑えばいいんだ?
「妹じゃねぇの?」
「クローンはクローンですわ」
 御坂という少女と同じくらいに春希に淡々と返されて、虎徹はがりがりと頭を掻いた。
 まるでそれが普通だといわんばかりの反応に、口を閉じる。
「それよりも問題がありますわ、おじさま」
「問題?」
「美琴先輩のクローンが、どうしてここに居るのかということです」
 どこか冷たい口調で春希が言った。
 基本的に誰にでも愛想が良く、笑顔を絶やさないのに。バーナビーに対してはもっと辛辣な言葉を投げかけたり、しかめっ面をしてみせるが、それでもここまで冷たい物言いはしなかったはずだ。
 どうかしたのか聞きたい。
 けれど、招いてはいないものの客人がいる。それに、口調もそうだがどこかぴりぴりとした雰囲気で、今は言い出す状況ではなかった。
「まあ、どうしてっつーか、どうやってってのは聞かなきゃだけどさ」
「ええ。それで、どうやってここにきたのか、どうしてここなのか、話してくれますわよね? 美琴先輩のクローンさん」
 まるで相棒のように上から目線の春希に、虎徹は成り行きを見守るしかない。
 こういう時は虎徹が下手に口を出すよりも黙っている方がうまくいく。必要になったらその時に口を出せばいい。長年の経験がそういっていた。
「ミサカの名称は検体番号一〇〇三二号ですが、呼びにくければミサカ妹で構いません、とミサカは提案してみます」
「呼び方はどうでもいいです。それよりも、聞かれたことに答えてください」
 ぴしゃりと叩きつけるように言い放って、春希は御坂妹を睨みつけた。
 検体番号という単語に虎徹の眉がぎゅっと寄るが、それでも口は出さなかった。
 ただ、口出しはしなくても、気にはなる。
 ここまで、態度が硬いのもそうだ。知り合いと同じ顔だから、というわけではなさそうなのに、辛辣も過ぎる。そんな辛辣な態度を取られているはずの少女は、「詳しくは言えませんがある能力者によって飛ばされました、とミサカは質問に答えます」と顔色ひとつ変えずに答えた。
 それに「そうですか」と返した春希は、どことなく落胆したように見えた。
「その能力者というのは『空間移動(テレポート)』ですの? それとも『座標移動(ムーブポイント)』?」
「どちらかといえば『座標移動』です、とミサカは答えます」
 『空間移動能力』は春希の使う能力だ。
 『座標移動』はよく分からないが、なんとなく範囲指定なんだろう。
 ふたつの違いがいまいちよく分からないが、似たような能力でも少しの違いで分類が変わるのは知っている。
 同じパワー系NEXTでもファイブミニッツ・ハンドレットパワーだったり、上半身のみだったり、もしくは下半身のみだったりと、その違いによって呼び方にも変化がある。だから『空間移動』と『座標移動』もそういった違いなのだろう。
「なぁ。御坂って、どうやって帰るんだ?」
 春希の『空間移動』は触っていないと移動できない。
 同じような能力ならやっぱり触っていないとダメなんじゃないか? そう考えたときにはもう口を出していた。
「到着後一時間で再度『座標移動』が行われるとミサカは聞いています、とミサカは時計を見て残り時間を確認します」
 ちらりと動いた御坂の視線の先には、チェストボードに置かれた時計がある。つられるようにそちらに視線をやって、「あ」と声が出た。
 春希が帰ってきてから四十五分。御坂クローンなる少女が虎徹の部屋に現れて五十分弱、時計の針は進んでいる。
「え? マジで?! あと五分しかないじゃんかっ」
 思わず腰を浮かせた虎徹に、けれど御坂も春希もキョトンとした顔で見上げてきた。
「おじさま?」
「正確には五分四十三秒あります、とミサカは正確な残り時間を提示してみます」
「いや、五分も五分四十三秒もそう変わんないし、春希にだって準備があるだろっ!」
 つい語尾が荒くなる。後半はほとんど叫びに近かった。
 五分間は長い。けれど短い時間だ。いまは五分間は短いに分類される。
 たった五分間では、荷造りなんかできやしない。
「待ってください。準備って、一体なんの準備ですの?」
「何って、御坂が帰れるってことは春希も帰れるってことだろ? おまえはあんまり物を欲しがらないから荷物も少ないけどさ、それでも五分じゃ短いって!」
「おじさま?」
 春希が怪訝な表情で見上げてくる。
「学園都市だったか。この子もそこから来たんだよな。春希の知り合いの妹さんで、だから帰るのも学園都市なんだろ? 御坂にくっついてたら一緒に移動出来るよな。そしたら春希だって家に帰れるだろ」
 本人も知らないうちにシュテルンビルトに居たという春希は、学園にも友人にも連絡が取れず帰れなくなっていたのだ。
 だったら、いまこうして同じ場所から来た人間がいて帰る手段があるのなら、帰った方がいいに決まっている。
 友達も家族も絶対に心配しているはずで、いつまでもシュテルンビルトにいることはない。
 もちろん、いきなり帰ります、というのは虎徹だって寂しい。
 ヒーローズのみんなにも、せめてお別れぐらい言わせろと責められるだろう。
 それでも、迷子の子供が家に帰れるのなら、それが一番いい。
 けれど、春希はゆるゆると首を振った。
「無理だと思いますわ」
「なんでっ!?」
「無理です。この美琴先輩のクローンがいる場所は、私の居た場所と違います。だって、私の知っている美琴先輩はとうに成人してますし、クローンがどうという噂話も何年も昔のことです。だから、もし私が、このクローンと一緒に学園都市に戻ったとして、そこが私のいた時間軸であるはずがありません。そこには子供な私がいるはずなんです」
 淡々とした声だった。
 紙一枚向こうの世界を見ているような。自分と世界に隔たりがあるような。いつだったか昔のことを少しだけ教えてくれときに見せた、声と顔だった。
「だから、美琴先輩のクローンと一緒に移動出来たとしても……私は帰れない」
 いつもの口調もどこかへやってしまった春希に、虎徹はぐっと喉と詰まらせた。
「春希の言っていることは正しいです、とミサカはの意見を肯定します」
「……正しい」
「お姉様は現在常盤台中学校に在学中でまだ成人していません、とミサカはお姉様の個人情報を少しばかり公開します」
 御坂妹の言葉に、先程までの焦燥感は形を潜めてしまった。
 きっと春希は御坂妹を見たときから、気づいていたのだ。
 だから彼女に対してどこか冷たい物言いだったのだ。春希が言ったとおりだった。手段はあっても行き先が違うのなら、その手段は無いのと同じだ。
 重苦しくなった空気にどうしたらいいのか迷っていると、携帯のアラームのような電子音が響いた。
 御坂がポケットからキッチンタイマーのようなものを取り出し、アラームを止める。
「指定時間まで六十秒をきりました、とミサカは移動座標を確保すべくテーブルの上を片付けます」
 御坂妹がソファから立上がった。
 置いてあった自分のカップの他、虎徹と春希が飲んでいたカップもシュガーポットも、テーブルの上のものをすべてどかして、御坂妹は来たときと同じようにテーブルの上へと立つ。
 来たときと同じ場所から帰るのなら、そういうことになる。
「もう、お帰りになりますのね」
 先ほどの冷たさはどこへやったのか。
 いつもと変わらない様子に戻った春希がそう言った。
「そのとおりです、とミサカは肯定します。それから、突然お邪魔してしまい申し訳ありませんでした、とミサカはとりあえずの謝罪を口にします」
 ぺこりと頭を下げた少女にも「こちらこそお構いもできなくて」と穏やかに返す。
 そんな二人を見ながら、虎徹はふと思いついて「あ」と小さく声を上げた。
 春希と御坂が目を向けてきたが、何かを言うより先に虎徹はロフトへ駆け上がる。時間のカウントダウンは正確だ。あと三十秒くらいしかない。ベッドヘッドに転がしてあったものを掴むと、急いでリビングへ戻る。
「これさ、シュテルンビルトに、俺の部屋に来た記念にもらってくれ」
 今しがた掴んできたものを少女の手のひらに押し付けた。
 異世界のものを持って帰れません、とか言われるかと思ったが、御坂は何も言わずにてのひらの中のものと虎徹の顔を見比べた。
「ソレ、この街を守ってるバディヒーローなんだ。だからってわけじゃねーけど、御守代わりにでも持っていってくれよ」
 そして出来れば元いた場所で春希にあったとき、どっちかを渡してくれればと虎徹は思った。
 思っただけで口にはしなかった。
 御坂が来たときと同じように小さなノイズが、電源を落としたテレビ画面に走る。それはすぐに大きさを増し、御坂の周辺を囲っていく。ぱちりと虎徹の髪にも強めの静電気みたいなものがはしった。
 ぐい、と春希に腕を引かれる。
 あまり近くにいると移動に巻き込まれてしまうからだろう。虎徹は素直にテーブルから数歩離れた。
「いただいたマスコットは大切にします、とミサカは嬉しさを隠さずマスコットを握り締めます」
 そう言ってクローンである御坂美琴は虎徹が渡したバディヒーローを、握り締めた。
 強烈な静電気が渦を巻く。
「もし会えたら春希によろしく言ってくれ!」
 ばちばちと弾ける電気に時間が迫っているのが知れた。
 腕を引いた##春希の手を取って、虎徹はその薄い肩を自身に引き寄せる。
「ほら春希も。何か伝えたいことがあったら言っとけ」
「……でも」
「いいから、ほら。早くっ」
 催促される形になった春希が困ったように虎徹を見上げて、それから御坂妹を見た。
「美琴先輩と、黒子先輩によろしくお伝えください」
「わかりました。美琴お姉様と白井黒子に会ったら『よろしく』と伝えておきます、とミサカは二人の伝言を承りました」
 御坂が頷くのと彼女の周囲を取り巻いていた電気が弾けたのはほぼ同時だった。
 ぱっと視界が真っ白になる。
 咄嗟に春希と自分の目を庇った。すぐに光は収まったものの、強烈なフラッシュを直視したときみたいにまぶたの裏がチカチカしている。
 そろそろと目を開ければ、今まで御坂が立っていたテーブルの上には、もう誰もいなかった。
「……帰っちゃったな」
「そうですわね」
 なんとなく寂しいような気分だ。
 それが声にも現れてしまって、虎徹の方が御坂との別れを惜しんでいるみたいだ。実際、返された春希の声はどこか宥めるような響きがあった。
 本来なら逆のはずなんだけどな、と虎徹は苦笑する。
 本当にこれで良かったのだろうか。春希の言っていたことは一理あるが、もしかしたらここにいるよりも、帰れる可能性は上がったかもしれない。シュテルンビルトはヒーロー制度もあってNEXTの数も多いが、役所に登録をしていない者も多い。『時空間を移動する』NEXTがいたとして、そう簡単には見つからないだろう。御坂と一緒に行っていたほうが、『正しい』の居場所に戻れたかもしれない。
 けれどもう、今更言っても仕方がないことだ。
「さてと、おじさま」
「ん?」
「少し遅くなってしまいましたけど、お昼ごはんは何がいいですか?」
 気を取り直して、という表現がぴったりくる顔で春希が聞いてきた。
 すっかり忘れていたが、とうに正午を回っている。思い出すとなんとなく腹が減ったような気がした。
「なに買ってきたんだ?」
「炒飯が作れそうな材料はだいたい買ってきましたわ」
「海老も?」
「エビもです」
 休日の昼食は虎徹と春希の交互で担当だ。そのうち七割程を占めるのが炒飯だった。

「じゃあ海老炒飯で決まりだろ」
「それじゃあ私は炒飯をつくりますので、おじさまはここの片付けお願いしますわね」
 テーブルの上から避難させていたカップたちを持って、春希がキッチンへと入っていく。
 昼飯は一緒に作ろうと決めていたが、やることが出来てしまった。
 虎徹は炒飯が出来るまでの間リビングの掃除だ。電気の渦に巻き上げられ散らばった雑誌やらなんやらを拾い上げる。毎日掃除してもらっているので埃が舞い上がることがなかったのは、ラッキーだ。食事前に掃除機がけはしたくない。
「あのさ、春希。おじさん、ごはん食べながら春希の話を聞きたいんだけど」
 春希は昔のことをあまり話さない。
 美琴先輩のことや、黒子先輩のこと。学園都市がどんなところなのか。そこでどんなことをしていたのか。
 いまなら少しくらいは教えてくれそうな気がする。
「……私にも、ワイルドタイガーの限定非売品キーチェーンをくれたら考えますわ」
 どこか拗ねた口調で春希が応えた。
 虎徹は笑いながら「もちろん」と返した。




20120914 初出
20131001 加筆修正


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