このシュテルンビルトの平和はヒーローが守っているらしい。
 らしいというのは、東雲春希にとってそれがまだ見ぬ現実だからだ。春希が鏑木虎徹という親切でお節介な男に拾われてそれほどたっていないころ、春希と虎徹は偶然事件に巻き込まれかけた。ファミレスに銃を持った男が押し入り占拠しかけたその事件で、春希は『空間移動能力』を使って大事になるまえに犯人を制圧したのだが、そのあと、春希は虎徹に叱られた。そして言われたのだ。
 この街はヒーローが守っている。だから事件に巻き込まれたら無茶なことはしないでヒーローが来るまで待っていろ、と。
 そのとき、ヒーローとはどんなものかも説明された。
 だが、この世界に来て間もない春希にとって、ヒーローは子供のための作り物だった。
 治安を守るのは学生有志が集った『風紀委員(ジャッジメント)』であり、教員有志で構成された『警備員(アンチスキル)』だった。そして春希は『風紀委員』に所属している。有事の際に出るのは当然のことと春希は認識していたし、自身が巻き込まれたものなら尚更事態を解決しようとする。それが活動範囲と決められた学区の外であっても、出来ることがあって力が及ぶならばやるべきだとも思っている。
 それでも「わかりました」と返したのは、虎徹が春希を心から案じていると解ったからだ。だから約束をした。なにか事件や事故に遭ったら『時と場合によるけれど、なるべくヒーローを待つ』と。
(その肝心なヒーローは何をやってるんですの。まったく役に立ちませんわね)
 不満を表に出すことなく、心の中で毒づく。
 強盗からの立て籠りというテンプレートな事件に巻き込まれてすでに数時間。進展のなさに春希はいい加減イラついていた。





 バーナビー・ブルックスJrは苛ついていた。
 強盗事件で出動がかかったものの、その犯人たちが人質をとって立て籠ったおかげで事態は膠着状態になっている。仕事とはいえ労働時間に対してのポイントが期待出来ないため、バーナビーはあまり乗り気がしなかった。
 もちろんポイントを諦めるなどはない。逮捕ポイントか救助ポイントは取らないとやってられないので、乗り気ではないが気を抜くなどということもしない。犯人を刺激しないよう程々に離れた場所で待機したまま、バーナビーは現場の状況を逐一分析していく。
「しかしどうするよ。あんまり時間かかると人質に負担になるぞ」
 サイドカーに座った虎徹の言葉に、ぴくりと眉が寄る。ちらりと視線を動かせば、緊張感がないのかフェイスガードを上げたまま頭の後ろで手を組んでいた。
「それはみんな分かってます」
「犯人がどんな奴か分からないのもあるが、せめて人質がいなきゃ突入できるんだけどなぁ」
「だから! そんなの一々言われなくても分かってますよっ」
 苛ついた感情のまま声を荒くする。
 せめて人質がいなければ、というのには同感だが、いくら言ったところで現実が変わるわけがない。だからこそこうして身動きがとれずに膠着状態に陥っているのだ。わかっているくせに口に出す男が苛立たしい。
「いや、わかってんのもわかってるんだけどさ。そんなピリピリしてたらこっちまで参っちまうぞ?」
「誰のせいでっ」
 フェイスガードを上げてバーナビーが虎徹を睨み付ける。同時に間の悪い電子音がなった。ただしアニエスからのものではない。そちらの通信はまだ沈黙したままだった。
「悪ぃ、俺のだわ」
 まったく悪びれない態度で虎徹が携帯電話を取り出す。
「いい加減にしてください! 今は仕事中ですよ!」
「……ッ」
 苛立ちも最高潮に怒鳴り付ける合間に小さく息を飲む音が聞こえた。携帯画面を確認した虎徹の表情がみるみる険しくなっていく。
「おじさん?」
「……バニーちゃん」
「バニーじゃなくてバーナビーです」
「中の様子、わかったわ」
 硬い表情のまま向けられた携帯の画面を見たバーナビーも、眉間に皺がよる。表示されたメール画面には所々間違った綴りで、まさにいま対応に当たっている現場の、欲しかった情報が書かれていた。






20110822


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