「これからどうするつもり?」
 肉厚な唇をピンクで彩ったヒーローが言った。
 殺人犯に仕立てられた鏑木虎徹を記憶を弄られたヒーローたちが追い回し、真犯人であるマーベリックが逮捕され、ルナティックに消されたあの事件から一ヶ月。
 負傷したバディヒーローが入院してから、一ヶ月でもある。
 殺人アンドロイドにボコボコにされたうえにあげくレーザー銃で上半身の前面をこんがり焦がされたワイルドタイガーこと鏑木虎徹は、一時意識不明になるまで様態が悪化した。いくら頑丈に出来ているからといっても重度の火傷を負って気絶までした人間が、目を覚ましてすぐにああも動ける方がおかしい。
 引退宣言をした後で昏倒して救急搬送されたのだ。
 そんな周囲の人たちの心臓を止めそうなことをしたというのに、いまは病院内を檻の中の虎みたいにウロウロと動き回っているらしい。
 医者も驚く回復力だと目の前のヒーローが笑った。
 同じくアンドロイドにボコボコにされて右足大腿部を骨折裂傷した相棒の方はまだ車椅子だというから、確かに驚異的だ。
 そろそろ退屈から病院を抜け出しそうだと、見舞いに行ったヒーローズが口を揃えて言っていた。
 虎徹もバーナビーも、もうすぐ退院出来るらしい。
 だからこその、先ほどの質問だった。
 あなたは身の振り方をどうするの、という実に分かりやすい質問だ。
「おじさまの家を出ます」
 かねてから予定していた通りのことを、春希は口に出した。
 いつかはそうする日がくるのだと、ずっと考えていたことだ。
 事件直後に引退を表明したバディヒーローは、入院中に様々な手続きを取っていた。
 二人が退院したら今回の事件に関する会見をするのだそうだ。もちろんOBCが主催である。アニエス率いるHERO TVが責任を持って行うのだと言っていた。
 今回の事件はヒーローとHERO TVの在り方に批判が出るに十分過ぎる出来事で、虎徹がヒーローでなければバッシングどころでは済まなかった。下手をすれば反ネクスト団体やネクスト差別者に格好の餌をやるところだっただろう。
 記者会見は世論への釈明と謝罪が主なところなのだという。
 事件の概要自体は彼等の入院中に粗方出ていたから、どちらかといえばアポロンメディアの市民に対する印象を少しでも良くするための会見だ。ついでにその会見で正式に引退発表も行って、事後処理がすべて済んだら虎徹とバーナビーはシュテルンビルトを発つ。
 バーナビーは国外に。
 虎徹はオリエンタルタウンに。
 それもすでに、決まっていることだ。
「タイガーはアンタも連れて帰るつもりみたいだけど?」
 目の前の、今はヒーローではないネイサン・シーモアが、じっと覗いてくる。
 彼女のいうことは本当のことなのだろう。
 虎徹が自分のことを娘のように思ってくれているのは、春希だってちゃんと知っている。
 春希とて虎徹のことを家族のように思っている。虎徹がお父さんだったらと夢想したこともあった。でも、ダメなのだ。彼には本当の家族がいる。
 あの事件のとき、春希は彼の娘を垣間見る事が出来た。
 父親のピンチに単身シュテルンビルトまで来た虎徹の娘は、ほんとうに虎徹によく似ていた。写真で顔は知っていたけど、事件が終わったあのとき、満身創痍な虎徹の隣に立つ楓の姿にヒーローの子だと思ったのだ。
 虎徹が入院した翌日、オリエンタルタウンから彼の母親と兄が来ていて、やはり自分は遠巻きに見ているだけだったけれど、とても優しそうな人達だった。
 心配したんだぞ。悪かった。無事で良かった。うん、ごめんな。
 そんなやりとりを病室の扉の外で聞きながら、春希はとても寂しかった。寂しくて、家族である彼女らが羨ましかった。
 いまだってそうだ。
 本当は病院に見舞いに行きたい。心配したと怒って、生きてて良かったと泣きたい。心配かけてごめんなと抱きしめてもらえたら、きっと安心できる。
 けれど、春希は家族ではない。行く宛てがないからと厄介になっていた、ただの居候だ。
 あの内に入れるわけがない。
「もう決めてますの」
 密やかな決意を乗せて春希は言った。
 虎徹の世話になっているあいだも、時折どうしようもなく彼の家族に申し訳ないと思うときがあった。だというのに、実家になんてどうしてついて行けるのか。
 第一、春希のことをどう説明するのだ。
 娘を実家に預けておきながら、そう年の変わらない春希と生活していたなんて。せっかく父娘が一緒に暮らせるのに、波風が立つ要因になるだけではないか。
「私はたんなる居候ですから。家族水入らずを邪魔するつもりはありませんもの」
 大切にすべき家族とただの居候、天秤にかけるまでもない。
「本当にそれでいいの?」
 敏い彼女は春希の強がりに気付いている。
 訊ねるのは春希が後悔しないようにだ。あとは、長年の同僚のことを慮っているからだろう。
 それでもネイサンは春希の意志を尊重してくれた。
「困ったことがあったら連絡してちょうだい。あんたは私の大切な友人なんだから」
 そう言ったネイサンに頭を引き寄せられた。
 優しい腕に抱きしめられて涙を堪えられたのは快挙だったに違いない。


 数日後、春希は買ってもらった携帯電話と一通の手紙を残して虎徹のアパートメントを出る。
 虎徹が退院する日の朝のことだった。





20130408


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