鳴り続ける携帯電話と伝票を掴んで、春希は席を立った。
 掲示板での優しい言葉の数々に後押しされて、電話に出ようと思えたからだ。ダメでも話を聞いてくれる人がそこに居るというだけで、勇気が出るのだから自分も大概簡単に出来ているらしい。
 なるべく人がいない場所のほうがいい。ファミレスを出た春希は一度路地裏へと入って、ブロンズのパークまで跳んだ。
 深夜も近い時間のパークはブロンズということもあって、思ったとおり人気はなかった。外灯の近くにあるベンチに落ち着いて、再び鳴った電話の着信画面に表示された名前にもう一度気合を入れた。
 もしダメでも、そのときは泣きながら掲示板にダメだったと書けばいい。そして次の手を相談すればいいのだ。
 その前にこの電話で、とにかく自分の思うことを虎徹に伝えなくてはいけない。
 緊張で震えそうな手で通話ボタンを押す。
「あの、」
『春希っ!』
 電話に出た途端、スピーカーからの怒鳴り声に、春希は思わず電話を耳から離した。
『今どこにいるっ! 大体、何時だと思ってんだ! あんな妙なメールしてきて、今まで電話出ないって何考えて――』
 手にした本体が、スピーカーからの音に連動してびりびりと振動している。ファミレスから移動して正解だった。音割れしている声もそうだが、ここまで大声を出されては何も言えない。言っても聞こえなさそうだ。というか絶対に聞こえない。
 シュテルンビルトは不夜城なのでどんな時間でも誰かしらは活動しているものだが、もう深夜といっていい時間だ。虎徹でなくとも未成年が出歩いていたら怒る。春希だって友達が出歩いていたら注意するだろう。虎徹の怒鳴っている内容は至極もっともなのだが、いきなりここまで一方的に言われると、先程までの勇気や決意のようなものが急激に萎んでいく。
 なんとなくこのまま通話を切って、電源も切りたくなった。
 それでもちゃんと話をすると決めたのだ。ここで終わっては掲示板で相談に乗ってもらった人たちに報告も出来やしない。
 電源ボタンを押しそうになる指を堪えて、春希はもう一度電話を耳に当てる。
「おじさま」
 まだ怒っている虎徹に対して、静かに呼んだ。
 電話口の向こうで、虎徹が一瞬黙った。
 この好機を逃すまいと春希は意を決して話を切り出した。
「おじさま、ちゃんと話がしたいです。私」
『話なら顔を見て話せばいい』
「……ごめんなさい。私、いまは顔を合わせて冷静に話し合いをする自信がありませんの」
 前回はほとんど勢いのまま言い合いに発展しかけたが、今回は仲直りをするための話し合いである。だから今は顔を合わせるのだけは嫌なのだ。どうしたって表情や視線にやり込められてしまいそうな気がしてしまう。
 ヒーローワイルドタイガーの目力は強い。
 それに勝てると春希は思えない。
「だから、電話のままでお願いします」
 話し合いはする。けれど、対面ではしない。
 ダメだと言われたら、話し合いは終了だ。
『……わかった』
 渋々といった体で虎徹が応えた。
『だけどな。今どこにいるのかだけは、教えてくれ』
「話の途中で来たりとか」
『しない』
 間を置くことなく断言された。
『行ったら、春希、逃げるだろ。それで今度は電話にも出てくれなくなる』
 だから話し合いが終わるまでは、行かない。でも時間も時間だから何かあったときに場所を知らないままじゃ心配だ。
 言われて、春希は素直に現在地を告げた。
 ここで拒否しては話が先に進まないと思ったからだ。
『……近い、な』
「来ないでくださいね」
『わかってる』
 そこまでやりとりをして、会話が途切れた。
 長めの前置きが終わったのだ。
 緊張で汗をかく手のひらとは反対に、乾いていく喉を唾液を飲み込んで湿らせて。
 春希は本題へと話を切り出した。



20120808


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