ヒーローだって人間だ。体調が思わしくない時だってあるし、機嫌が良くない時だってある。気分の浮き沈みだってあるけれど、そういうのを管理してヒーローをやってる。
テレビの外から見ている奴はそんなの当たり前だろ、と言う。人の命に関わることもあるんだから自己管理は当然だって。
でも、ヒーローだって人間なんだ。少しくらい大目にみてくれよ、と言いたくなった自分に酷く嫌気が差した。
ぐったりとトランスポーターのソファに背中を預け俯いた虎徹は、差し出されたコーヒーを受け取る気にもなれなかった。
そんな虎徹にコーヒーを差し出した方のバーナビーは、無言で虎徹の前にコーヒーを置いた。
相棒の纏った雰囲気に、顔を見なくてもどんな表情を浮かべているか分かる。刺々した空気そのままに険しい顔をしているに違いない。
「…ごめん、バニー」
謝罪の言葉がついて出たのは、虎徹とてさっきまでの現場でやらかしたミスが洒落にならないくらいヤバイ物だったと分かっているからだ。
バーナビーがうまくフォローしてくれて、ミスではなくパフォーマンスだったかのように振る舞ってくれた。そのおかげでテレビ的には問題なく終われた。
しかし、現場にいた人たちには肝が冷えたことだろう。アニエスにも、視聴率が取れたからいいけど、と言われながらも注意を食らった。
なにせ虎徹がおかしたミスは、バーナビーのフォローが間に合わなければ、うっかり器物破損どころではない。市民と虎徹自身を捲き込んだ大規模な二次災害になっていたところだったのだ。
想定外でも無茶をしたせいでもなく、現場で気を散らすなどという、あるまじき失態のせいで。
「ほんと悪かった」
反省してもしたりない。謝っても謝り足りないくらい、虎徹の気分はドン底に落ちていた。
いっそ上から土でも掛けて埋めてほしい。
「おじさん」
土の代わりに硬い声が落ちてきて、虎徹は俯いたまま見上げる。ぎゅっと眉間に縦皺を寄せた険しい顔でバーナビーが、見下ろしてきていた。
ジェイク事件以降、名前で呼んでくれるようになったバーナビーが虎徹をオジサン呼びのは、からかうときか怒ったときだ。
わかっている。怒鳴りつけられて、下手をすれば殴られてもおかしくない。それだけのことをしたのだ。
「ごめん。もうあんなミスしねぇから」
「いい加減にしてください。いつまでグチグチ落ち込んでるんです? あなたらしくもない」
苛ついた声で上から言われ、虎徹はぐっと喉を詰まらせた。
俺らしいってどんなんだよ。というガキみたいな反論は咄嗟に飲み込んだ。いまは不毛な言い争いに発展させたくない。
それに、らしくないというのは、比較的冷静な部分がバーナビーに同意している。
そうは言っても、虎徹だって落ち込むときは落ち込む。いつもは割かし浮上も早いが、今回ばかりはそうもいきそうにない。
「……んな言い方しなくったっていいだろ。俺だって色々あんだよ」
むっつりとした口調で言い返すものの、バーナビーと口論する気にはなれなかった。
バーナビーとの言い合いはコミュニケーションでもあるが、下手に拗れるのは勘弁だ。
二人同時攻略なんかしたくない。
「色々ですか」
探るようにバーナビーが言った。
「確かにここ連日、帰宅も出来ていないですし、あなたオジサンですからね。寄る年波に勝てなくても仕方ありません」
「……おまえなぁ」
「体調が悪い? それとも僕の知らないうちに怪我でも?」
「いや、それはない、大丈夫、だけど」
「上の娘さんとケンカでもしましたか」
俺には娘ひとりしかしねぇよ。知ってるだろ。
虎徹は俯いたまま苦笑した。
市長の子供を預かったときに、虎徹が家庭を持っていることを明かした。そのときにスケートリンクでの礼もして、娘の話も少しだけした。だから、虎徹の娘は楓だけなのも、バーナビーは知っている。
それに今ケンカしているのは楓ではなく、春希だ。確かに春希のことは娘のように思っている。もし春希も娘なら、ちょっと年は離れているが、きっと仲が良い姉妹になるだろうと何度か想像もした。
春希が姉で楓が妹。
そうしたら春希は上の娘ってことになるんだろうなぁ。
「え?」
思わず顔を上げてバーナビーを見ると、年下の相棒は呆れた顔をしていた。
そんなバーナビーの表情よりも、彼が春希のことを虎徹の娘と表したことや、喧嘩したのが春希だというのがわかったことに驚いた。
「わかりますよ。あなた、楓ちゃんと喧嘩したくらいじゃ、ここまで落ち込まないでしょう。いえウザイくらい落ち込んでも、仕事でミスすることはない」
断言するバーナビーを虎徹はただ見上げるだけだ。緑の目に映る自分が相当アホな顔をしてバーナビーを見ている。
「ねぇ虎徹さん。僕じゃアドバイスなんて気の利いたことは出来ませんが、話を聞くくらいならしますよ。大人のアドバイスが聞きたければロックバイソンかファイヤーエンブレムに頼んでください。年頃のアドバイスが欲しければブルーローズにでも聞けばいい。だからさっさと仲直りしてくださいよ、ほんと鬱陶しいんで」
「バニー」
腰に手を当てて見下ろしてくるバーナビーは、言葉こそ普段のツンケンしたそれだったけれど、優しい顔に虎徹も落ち込んでいた気持ちが浮上した。
そこまで言ってくれるなら、いつまでもヘコんでいられない。
ロックバイソンやファイヤーエンブレム、ブルーローズにはまた後で相談させてもらおう。
「……とりあえず、聞いてくれるか?」
「仕方ないので聞いてあげますよ、オジサン」
隣に腰を下ろしたバーナビーに、笑って虎徹は春希のと遣り取りを話し始めた。
20120610