すでに深夜をまわった午前1時。
 アントニオと酒を酌み交わし、いい感じに酔ったまま酔い覚ましをかねて徒歩で自宅に向かっていた虎徹は、その道すがら見てはいけないものを見てしまった。時間帯だけにゴーストの類、とかそういうのではなく。他人の密会とかでもなく。こんな時間に外をうろついていたらいけないやつだった。街頭とまだ眠っていない住人のいる部屋から漏れる明かりのみだが、ブレザー姿の子供――あきらかに学校の制服だ――が地面に座りこんでいる。
 家出か、はたまた別の理由か。どっちにしてもその子供を放っておくなど、おせっかいな虎徹にできるはずもなく。がしがしと頭をかくとハンチングをかぶり直した。
「おーい、こんな時間になにやってんだ? 子供はさっさとおうちに帰んなさい」
 なるべく恐がらせないようにと陽気に声をかける。が、その子供は声にぴくりとも反応しなかった。
 このガキ、無視かよっ。
「おいって。こんな時間にこんなとこいたら危ないぞ」
「家出すんならするでこんなとこでうずくまってんなよ」
「おいこら、無視すんなっ!」
 ひとしきり声をかけても身動きしない相手に、虎徹はしだいに眉根を寄せた。
 いくらなんでも反応しなさずぎだ。この年で酒に呑まれているわけでもあるまい。むしろ虎徹の酔いが醒めた。ふわふわとしたいい気分はとうにどこかへいってしまっていて、目の前の無反応な子供の側にしゃがみこむ。うつむいていた子供の顔前にてのひらをかざす。息はしていた。よかった死体じゃない。念のため頚動脈で脈も取ってみた。こっちも大丈夫。ただちょっと体温が低いか、まあこんな夜中にこんな場所で蹲っていれば体温も下がるだろうけど。
「あれ、じゃあなんでこいつ、こんなに反応ないんだ?」
 まさかこんな道端で声を掛けられても気付かないほど爆睡してるんじゃないだろうな。
「おーい、起きろって」
 ぺちぺちと軽く頬を叩いてみる。
「…………ぅ」
 まつげを震わせて小さく呻いた子供が、ゆるゆるとまぶたを持ち上げる。
 ぼんやりと焦点の合わない目がしばし彷徨って、虎徹へと向いた。
 ああ良かった目ぇ覚ました。とほっとしたのも一瞬だった。子供と目が合ったとたん、言いようのない憤りみたいなものが胸の奥に湧いた。焦点が合っていない。合っていなさすぎる。寝ぼけているにしてもここまで澱んだようにはならないだろう。
 これはたぶん、薬だ。
 どんな薬かまでは分からないが、子供になんてことしやがる。
「大丈夫か?」
「……、ん」
 小さく顎を引いたのを見て頷いたのだと理解する。
「怪我とか、どっか痛いとか変なとこは?」
「……あ、たま、いたい」
 頭、と聞いて虎徹はすぐに子供が被っていたネコ耳っぽいデザインのニット帽をひっぺがす。ぱっと見た感じではおかしなところはない。髪のなかに手を差し込んであちこち触ってみても外傷やたんこぶはなかった。
 中で出血していたらわからないが、頭痛は強制的に眠らされていたせいだろう。
「吐き気とかそうのは?」
 小さく頭が左右に振れる。
「ないんだな?」
「……ん」
 投げ出されていた腕が僅かに持ち上げられぱたりと落ちる。スローモーションなみの速さでなんどもまばたきをしては、目を開け続けようと必死だ。
「とりあえず病院に行こう。検査とかしてもらったほうがいい」
 思考が働いていない相手に当面必要な案を出すが、首を振って拒否された。
「だめで、す」
「ダメって…だけどなぁ」
「……だめです、」
「だあああっ! わかったよ! とりあえず怪我とか吐き気はないんだな? 頭痛いのはどうなんだ?」
「…………ねむ、い、だけ」
「なら俺んちに連れてくぞ? こんなところに放っておけないし。それでもいいな?」
 こくり、と首肯した子供を抱えあげると、小さく謝罪されたあと寝息が聞こえて苦笑する。
 擦り寄る体温を落とさないように注意して虎徹は家路を急いだ。






20110809


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