全体的に明かりが抑えられた店内で、春希は丈の短いスカートをもて余していた。
 あのあと、思いたったが吉日、と即刻電話をした。バイト募集の張り紙を見て応募したことを告げれば、これから面接に来れるかと言ってきて、あっという間に採用が決まった。即日採用、即日出勤である。
 そうして無事にバイトについて、一週間。
 仕事は客から注文をとって、食事や飲み物を運ぶ簡単な仕事なので、特別苦労することはなかった。
 のだが。
 支給された制服――というよりもはや衣装だ――は、なんというか完全に春希の想定外だった。ヒーローズバーのウエイトレスを見たことがあるので、ある程度の露出は覚悟していたのだ。
 しかし春希の覚悟の斜め上をぶっ飛んだ衣装は、たっぷりパニエでふんわりさせたミニスカートの給仕服(つまりミニスカメイド服)で、ちょっと屈んだら中が見えてしまうんじゃないかという代物だった。それに絶対領域を忠実に守ったリボンのついたニーソックス、胸元は敢えてフリルたっぷりのブラウス、髪はツインテールにされて猫耳ヘッドドレス付きである。
 日本の秋葉原なら普通にありそうな格好だが、まさかシュテルンビルトでこういうものの需要があるとは思わなかった。
 ただし、店がメイドバーというわけではなく、ホールスタッフは一人ずつ衣装が違う。どちらかといえばコスプレ喫茶みたいなものだろう。店側がスタッフに似合う衣装をチョイスして渡しているらしい。
 ふわふわと動くスカートの裾をぐいっと引っ張る。
 そうしても裾が伸びるわけではないので意味がないのはわかっている。それでも心許ない太ももやらお尻のあたりが落ち着かない。
「なぁにモジモジしてんのよぅ」
 鼻にかかる甘ったるい声が耳元から聞こえて、肩に重みが乗っかる。
 顔を向けると、春希の指導係であるジュディが肩に顎を乗せて笑っていた。
「まぁだ衣装、慣れないの?」
「いえ、服はそれなりに慣れましたけれど」
「ああ。見られンのが慣れないのね。かぁわいい」
 そういって春希の脚、素肌が出たふとももの部分をするりと撫で上げてくる。びくっと反応した春希に、ジュディは喉の奥で笑いを転がした。
「そのうちぃ見られるのが愉しくなるわよぉ」
 慣れはするだろうけど、愉しくはならないですわよ。とは口にしない。ただ曖昧に口の端を上げただけの笑みで誤魔化した。
 所々で母音をのばすジュディの衣装は、春希よりも数段露出が高い。
 尻が見えそうで見えない短さのスカートに、胸の谷間を最大限強調したノースリーブのベスト。ピンヒール。馬鞭と銀色の手錠が腰のところで揺れている。コンセプトはSな看守様、だそうで。
 そんな格好のジュディが絡んでくるとどうしても視線が集まる。それがどうにも落ち着かないのだ。
「……あの。いつまで撫でるつもりですの?」
 素肌部分以外も撫で回しだしたジュディの手を押さえつける。ヘタをすればスカートまで捲り上げてきそうだった。
「ん〜。気のすむまで撫でたかったんだけどねぇ」
 ざぁんねん。
 看守様というより魔女っぽい笑いをもらして、ジュディが春希から離れた。
「こういうコスプレはぁ演技力がものをいうのよぉ。演じてると思えば恥ずかしさも減るわよぉ」
「……精進しますわ」
「んふ。春希ちゃんはいいコねぇ」
 髪型が崩れない程度に頭を撫でられた。
「ありがとうございます」
「じゃあそんないいコの春希ちゃんにぃ、四番テーブルのオーダー任せたわぁ」
 言われてテーブルを見ると、客の一人がこちらを見て手招きしていた。
 見馴れた顔は春希が初日にオーダーを取った客だ。
 ホストやホステスのいるクラブではないので指名制度はないはずなのだが、この店はお気に入りの子に頼むという文化があるらしい。
 常連だという客はそれからオーダーに春希を指名してくれている。
「行ってきます」
 制服が乱れていないか確認して、春希は指名されたテーブルに向かう。
「いってらっしゃあい」
 後ろからジュディの甘い声が投げキッスと共に送られたが、なんとなく避けた。



20120314


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