雪が降っている。
 ゴールドとシルバーの基盤プレートに阻まれて、ブロンズに落ちる量は格段に減るが、その分寒さは割増しされている。
 春希はロフトに置かれたベッドの上、毛布にくるまって窓から見える空を眺める。窓際のでっぱりに置かれた写真に写る彼女たちも、心なしか寒そうだ。
 曇ったガラスが外との温度差を知らせてくる。息が白くなる室内よりも寒いなんて、今日はどれだけ寒いのか。
 この冬一番の寒気がシュテルンビルトをすっぽり覆っているのだと、ニュースキャスターが喋っていた。積雪も例年より多いらしい。交通機関に影響が出るから、お帰りは早めに。と締めくくっていた。
 春希はぎゅっと胸元の毛布を掻き合わせた。
 こういう夜はひとりでいたくない。
 冷蔵庫の低い駆動音だけが聞こえる静かな室内は、ただ寂しさだけが募ってくる。
 クローゼットからあるだけ引っ張り出した上掛けを集めて、ごろりと体を倒す。冷たいシーツが体温で少しづつ温まっていく。枕カバーに顔を埋めれば、微かに香水と体臭がした。
 春希はきゅっ、と眉の間に縦皺をひとつ刻んだ。
 別に匂いが不快だったわけではない。ここにこの匂いの主がいないことに、不安に似たものを覚えたからだ。
 このベッドの主たる鏑木虎徹は、帰ってこない。
 ワイルドタイガーとしてスポンサー主催のパーティに出席していて、いまもまだ仕事の最中だろう。
 朝から散々渋っていたけれど、バディヒーローとして出席を求められれば出ないわけにはいかず。虎徹はなるべく早く帰ってくるから、と言い残して出て行った。しかし、そう都合よくいかないのが大人の世界というものだ。十時も回ろうかという頃に掛ってきた電話は、まだしばらく終わりそうにない、先に寝ててくれ。というもので。
 そのあと、メールで一言、交通機関マヒしてて帰れそうにないからちゃんと戸締りするように、とだけあった。
 それは仕方ない。
 虎徹は会社勤めの社会人で、ヒーローだ。事件で夜中に出ていくというのもザラにある。
 それに電車も車も動かないのでは、どうしたって帰りようがない。
 こういうときはタイガーのバディが羨ましく思う。仲の良いバディヒーローは、仕事を共にし、プライベートも時折一緒に過ごしている。春希がこうしてひとり寒さに耐えている間も、並んでグラスを片手に会話をしているのだろう。仕事でも羨ましい。
 比べて春希はただの居候だ。我が儘など言えるはずもない。してほしいこと、したいことは常識の範疇で口にするし、自分の主張もする。けれど感傷からくる我が儘は言えるはずもない。口にすれば、虎徹は心配して無理にでも傍にいてくれるだろう。パーティを途中で抜け出すとか、バディにまかせっきりにしたりして。
 そうして、大丈夫だ、ひとりじゃない、と笑って慰めてくれるだろう。
 言えるわけがない。
 ただでさえ、身元不明の厄介者が仕事の邪魔まで出来ようはずがない。
 けれど、そばにいてほしい。
 こんな何もかも覆い隠してしまいそうな雪の日は、特にそう思う。寒い夜に誰かがそばにいるだけで温かいと知ったのは、虎徹に拾われてからだ。虎徹と過ごす時間は、友人たちと過ごすのとはまた違った感情に満たされる。
 家族というものに近いのだ。きっと。
 春希とバーナビーはよく似ている。
 家族がない。ひとりきり。違うのはバーナビーは家族を奪われて、春希は家族にしてもらえなかったことくらいで。
 そして寒くて凍えていることに自身が気付かないまま、琥珀色のぬくもりを知った。
 だから、虎徹のバディであるあのウサギも、虎徹の傍に居続ける。
 いまそのぬくもりはウサギの傍だ。
 羨ましい。
 毛布の中は暖かいけど、芯のほうはまだ冷たいままだ。早く帰ってきてくれないと凍えてしまう。
 寝転がって見上げた窓枠は吹雪だした雪に埋められて、もう外が見えなくなっていた。
 寒いなぁ。
 声にならないまま呟いて、春希はやってくる睡魔に身を委ね、ゆっくりと目を閉じる。
 目が覚めたらあたたかいスープを作ろう。
 眠りに落ちる間際、そんなことを思った。



20120229


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