休日の昼下がり。
 せっかくだからとシュテルンビルトの案内を買ってでた虎徹は、ひっそりとだが盛大にため息を吐き出した。
 ブロンズステージにあるファミリー向けのレストランでちょっと遅めのランチをとるところまではよかった。なのに、こういうときにかぎって間が悪いというか、運が悪いというか立てこもり事件勃発。しかも自分たちがいるレストランで。
(ほんと間が悪い)
 二回目のため息を吐き出して、向かいに座る少女を見やる。
 数日前に言い方は悪いが道端で拾って、行くところがないというので当面の居候となった少女――東雲春希と名乗った――はさきほどまでハンバーグセットを頬張っていて。いまは優雅な仕草でドリンクバーから確保してきていたアップルティを啜っている。その後ろで開催されている立てこもり犯お約束のやりとりを総無視しているのだが、その度胸はいったいどこからくるのか。おじさんに教えて欲しいです。
「おじさま。あまりじろじろ見るのは失礼ですわ」
「え、あ、いや……すんません」
 口元にカップをもってきたまま小声で指摘してきた春希に虎徹はやはり小声で謝る。
 いや、見てたのは春希ちゃんじゃなくてその後ろの武装したオッサンなんだけどね。とは言えない。立てこもり犯に気付かれて春希に危害が加えられる、などという事態になっても困る。
 それにヒーローである虎徹は犠牲者をださずに現状を収めて犯人を確保したい。うかつに動くとやっかいなことになるのは目に見えている。この店の客全員がすでに人質なのだ。虎徹も含めて。昼のピークを過ぎているとはいえ休日のせいか客の数は少なくない。下手に動くと怪我人どころか死人がでてしまう。単独犯らしいのでハンドレットパワーを使えば無事に(店内のいくつかは壊すだろうが)片付くとはおもうのだが、素性を隠してヒーロー活動している虎徹にとって、春希が目の前にいる状態はよろしくなかった。こっそりアイパッチをつけてワイルドタイガーとして動くことも出来ない。
(どうする?)
 目だけをしきりに動かし、隙はないか、うまいタイミングはないか、と犯人の動向を窺う。
 酷く興奮しているのか犯人の男は客たちを一箇所にまとめようとしきりにがなっていた。
 焦ってもいい結果は生まれない。まだ動くときじゃないと長年の勘と経験は告げるけれど、泣き出した子供を犯人が打ったことで腰をあげる。
「おじさま」
 呼ばれて腰を浮かしたまま春希を見れば、混乱に支配されている店内など意に介さないような冷静な目が虎徹を見上げていた。紅茶のカップはソーサーに置かれている。
「犯人の人数と居場所と所持している武器は?」
「は?」
「犯人の人数と居場所と所持している武器を教えてください」
 同じことをもう一度言われた。
 なんでこんなに冷静なんだと、内心突っ込みをいれつつも自分の席から把握できるかぎりのことを教える。みたところ一人。喫煙席側のカウンターのそば。武器はサブマシ、あと確認できてないがハンドガンも持っていそう。
 犯人の居場所を聞いたところで春希は一瞬だけそちらに視線をやり、把握しました、と一言。
「え、え、把握したってなに? ちょ、いったい何する気?」
 なにやら嫌な予感しかしない。
 なんでか脳内に相棒の顔がうかんで、「考えなしに突っ込んでいかないでください。フォローするこっちの身にもなってほしいですね」と嫌味を放った。なんでここでバニーが出てくるんだ、と思うより先に春希が静かに椅子から立ち上がる。その手にはいつの間にかいくつかのナイフとフォークが握られている。
「おじさまは万が一のとき人質の方をお願いします。逃がすくらいは出来るでしょう?」
「いやいや待てって。何する気だよ!」
「治安維持ですわ」
「はっ?!」
 にっこりと擬音がつくくらいの笑顔でいい放つと、その姿が瞬時に消える。
 ガタン、と今度こそデカイ音を立てて立ち上がった虎徹に、犯人が銃口を向けて。その犯人の真上に少女が出現していた。その後頭部に春希の蹴りが見事にヒット。落下の反動と体重をかけた渾身の一撃に犯人が床に沈む。
「うそだろ」
 まさしく一瞬の出来事である。
 虎徹が一連の流れについていけないのをよそに、春希は床に伸びた犯人の背中を踏みつけた。上着のポケットからヒモ状のものを取り出すと、すばやく犯人を後ろ手に親指へと巻き付ける。スカートの腰部分にぶら下げていた腕章を引っ張ってその柄を(犯人からは見えないけど)見せ付けた。
「ジャッジメントです。現行犯で拘束しますわ」
 言いながら踏みつける足をぐりっと捩じ込んだのが見えて、虎徹は慌てて春希のもとに駆け寄る。
 踏みつけられた犯人は見事に目を回していて、しばらくは起きないだろう。手を拘束してるのは荷物をまとめるときなどに使う結束バンドだった。相手がネクストでなければ十分な拘束具になる。持っていたサブマシンガンは床に転がっていた。
「……フォークとナイフが生えてる」
 にょきにょきと銃身やマガジンから食事道具が生えてる様は非現実的で笑えてくる。これはもう使い物にはならないだろう。
「おじさま。とりあえず警察に連絡してくださいませ」
「んあ、ああ、りょーかい」
「ああ、それと」
「ん?」
「いちごパフェ、オーダーしても?」
 こてん、と可愛らしい仕草で春希がお伺いをたてる。
「……どーぞ」
 可愛らしいのに逆らえないオーラが出ている気がして、虎徹は頷いた。
 とたん花も綻ぶ笑顔で、春希は人質になっていたウエイトレスの一人に声をかけにいく。そのさい犯人の脇腹に一発入れたのを、虎徹は見ないふりをした。にこやかにオーダーを頼んだ春希は、ほかの客たちにも声をかけ安心させている。
「なんかおっそろしいもの拾った気がするわ、俺」
 ずれたハンチングをかぶりなおして虎徹は幾度目かのため息を吐き出した。







20110809


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