来訪者を告げるチャイムにバーナビー・ブルックスJr.は訝しげに眉をひそめた。
 時間はすでに真夜中といっていい時刻で、あと三十分もしないうちに今日が終わる。
 他人の家を訪ねるには非常識すぎる時間であるし、そういうことをしそうな人物とは先ほど別れたばかりだ。どうしようかと考えあぐねているうちにまたチャイムが鳴らされる。
 もしかしたら最後にサプライズでも用意されているんだろうか。
 あの人ならやりかねないと相棒の顔を思い浮かべてバーナビーは苦笑した。とりあえず誰かくらいは確認してやってもいい。それで本当に虎徹だったなら、何やってるんですかと言ってサプライズを受け入れるだけだ。
 リモコンを操作してモニターに来訪者の映し出す。
「は?」
 思わず間の抜けた音が口から漏れた。
 壁一面の大型モニターには目元までパンプキンヘッドを被った女の子が映っていた。顔の半分が隠れているため誰なのかまでは分からないが、顔の輪郭と帽子の隙間から流れる長い髪から推測するに女の子だろう。
 これは出ないほうがいいだろうか。
 声を出してしまったので部屋にいるのはバレているが、いざとなったら取り押さえるか通報するとしてもだ。面倒な、と眉間に皴を寄せたところで控えめな声がスピーカーを通して届く。
「あの、夜分遅くに申し訳ありませんわ。すぐ帰りますので開けてくださいません?」
 声は聞き覚えがあった。
 というか知った人物の声だ。
 ただしこんな時間にバーナビーの部屋を訪ねるような間柄ではない。どちらかというと顔を合わせるたびに言い争うような仲だったはずだ。
「こんな時間に何の用ですか、春希さん」
 もはや脊髄反射の域ですげなく対応してしまう。
「それは会ってから伝えます。だから早く開けてください」
 う、と一瞬怯むもののなにやら焦っているようで、モニター越しにも早くしろとオーラが漂っている。
 どうしたものかと迷ったが開けなければいつまでも居座りそうだ。ならばさっさと用件を聞いて帰してしまったほうが楽だ。
「……わかりました」
 了承の返事をしてモニターを切る。
 疲れたため息を吐き出すとバーナビーは玄関へと向かった。
 文句と共に扉を開くと鼻先に際どいピンク色の何かを突きつけられた。視界を一色で埋め尽くされて、僅かに仰け反る。
 一歩後ろに下がるとピンク色がリボンの掛けられた包みだと分かる。
 それを差し出した春希はパンプキンヘッドに何故か魔女っこ衣装という奇抜すぎる恰好をしていた。いくらハロウィンだからといって統一感がない。
「こんな夜中になんですか? 子供が出歩く時間じゃないと思うんですけど」
「それはわかってますけど、おじさまが夕方になって教えるものですから時間がかかってしまっただけですわ。別に私からのなんていらないでしょうけど知り合いなのに何もあげないほど薄情じゃありませんの。だからこれはほんの気持ち程度ですので受け取るだけ受け取ってくださればあとは棄てようがどうしようが構いませんからとりあえず受け取ってください」
 ほとんどワンブレスで言い切って包みをぐいぐいと押し付けてくる。
 思わずバーナビーが受け取ると春希はすぐさま距離をとった。
 たぶん突き返されないようになのだろうが、あまり気分がいいものではない。
「なんです? これ」
 もうこのピンク色の包みがなにかはわかる。
 部屋に帰るまえに散々仲間から貰って祝われたから。
 けれど喧嘩しかしない相手からも貰えるとは思っていなかったし、素直に受け取るのもなんだか癪だったので聞いてみた。
 これだからいけ好かないんですのよ、と春希が呟く。悔し紛れなのがまるわかりで、バーナビーは口元が笑みの形に歪めた。
「で。これなんですか?」
「今日は…ああもう! 日付変わってるじゃないですかっ。とにかく貴方が誕生日だと聞いたのでプレゼントですわ。私の用件はそれだけですので。夜分遅く失礼しました」
 ぺこり、と日式挨拶のお辞儀をした春希にバーナビーは待ったをかける。
「プレゼントだけですか?」
「え?」
「僕、誕生日だったんです」
「プレゼント以外に何を要求するんですの」
「もうひとつ、プレゼントと一緒にくれるものがあるじゃないですか」
「だから何を」
「祝ってくれるんでしょ?」
 とんとんと人差し指でバーナビーは自分の唇を示してみせた。
 さて、彼女はどちらの意味でとるのかと意地悪い期待を込めてまっすぐに春希を見つめる。数秒ほど首を傾げたまま考えていた春希の顔が赤くなった。
 どうやらそっちの意味で捉えたらしい。とさらに顔をにやつかせればおもいっきり睨まれた。
「そういう紛らわしい催促はやめたほうがいいですわよ。底意地の悪いウサギさんですわねまったくお誕生日おめでとうございましたっ!」
 耳まで赤くして早口で捲し立てたかとおもったら瞬時に春希の姿がかき消えた。
「テレポートで言い逃げとか」
 しかも律儀に過去形だった。
 変な笑いが込み上げてきて、バーナビーはうっかり吹き出す前に部屋の中へ入った。
 肩を震わせながらリビングまで戻って、そういえばと受け取った包みを開ける。
 中から出てきたのはビニールの袋に入った小さいぬいぐるみがふたつ。ひとつは桃色のウサギで何故か眼鏡をかけており赤と白のジャケットを着ている。もうひとつは虎でハンチングとベストという恰好だった。
「まさか僕と虎徹さんですかコレ」
 まさかもなにも何処からどうみたってタイガー&バニーだ。
 どんな嫌がらせだ。
 一瞬ゴミ箱に視線を走らせるが、捨てるのは勿体無いかと思い直す。
「あれ?」
 ふと鼻に届いた香りに、手の中のぬいぐるみを見下ろした。
 ビニール袋に鼻を近付けてみると微かに花の香りがする。ためしにバニーを袋から出すと、途端にふわりと香りが広がる。強すぎないが弱くもない香りはラベンダーだ。
 しかも直に手にしたバニーの生地は柔らかいタオル地で、中身も詰めすぎていないのかくたくたしている。そしてほどよい重み。
「これ、もしかしてアイピローか」
 念のためタイガーの方も開けてみたが、こちらはカモミールの香りがした。
 ラベンダーもカモミールも安眠に効果があると言われているハーブだ。
 どれだけ寝れてないと思われているんだ、と聞いてみたい。どうせ虎徹が忙しそうとか心配してるのを聞いたのだろうけど。
「まあ、ありがたく使わせてもらいますよ」
 喧嘩相手からのものでもプレゼントに罪はない。
 そういえば言い逃げされたのでお礼も言えてない。
 お礼も感想も明日伝えることにして、バーナビーは手触りのいいくたくたのタイガー&バニーを連れてベッドルームへ向かった。





20111101


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