使い捨てのペーパーボックスに粗熱のとれたおかずを詰めていく。醤油ベースで下味をつけた鶏の竜田揚げ、厚揚げとさやいんげんの煮しめ、金平ごぼうに海苔を挟んで渦巻きに見える玉子焼き。竜田揚げの下に油とりにキャベツを敷いて、ついでにコーンとプチトマトと潰したポテトを添えれば簡単なサラダになる。主食をパンとライスのどちらにするか一瞬迷い、おかずが和風なのでライスを選択。もうひとつボックスが増えると嵩張りそうだったので食べやすさも考えてオニギリにする。具はシャケと昆布の佃煮、梅に焼きタラコ。大きさは食べる人の性別と職業を考慮し、自分の手よりちょっと大きめで。できあがったオニギリをひとつずつシートで包み、おかずの詰まったボックスと一緒にランチバックへ入れる。ランチバックは小さく畳んでポケットへ入れられるという便利グッズだ。食べ終わったらボックスは捨ててバックだけ持って帰ればいいので、面倒臭がりにはもってこいである。
 バックをカウンターへ置いて、朝食の仕上げにかかる。
 余ったキャベツとポテトを皿へ盛り付け、カリカリに焼いたベーコンとふんわりオムレツを乗せる。狐色になったトーストにバターを乗せて別の皿へ。ヨーグルトを取り分けて上にブルーベリーソースをかけたら、それらすべてをテーブルに並べる。これで出来る限りの準備は完了だ。
 あとは、と呟いて春希はロフトに続く階段を登る。
 ベッドの上で手足を伸ばして眠ってる虎徹を覗き込むと、うっすら開いた唇から寝息と涎がこぼれていた。
「……さすがにこれはどうかと思いますわね」
 いい年した大人の寝方ではないように思う。けれど子供みたいな寝方も虎徹らしいといってしまえばそれまでだ。時折むにゃむにゃと口が動くのがおかしくて、彼の奥さんなら可愛いとからかうんじゃないかと飾られた写真へ思わず視線を投げる。
 写真の中で笑う女性が頷いた気がした。
 ですわよね、と心の中で同意して写真立てからベッドの上に視線を戻す。寝返りをうったらしく仰向けから横向きに態勢が変わっていた。その腕にしっかり掛布団を抱きしめている。気持ち良さそうに寝ているところを起こすのは気が引けるものの、社会人として寝坊して遅刻するのはいただけない。用意した朝食も冷めてしまう。
「おじさま。起きてくださいな」
 声を掛けるがピクリとも反応しない。これでヒーローが務まるのかと思ってしまうが、夜中だろうと早朝だろうと呼び出し音が鳴れば飛び起きるのだから習慣とは恐い。
「おじさま、朝ですわよ」
 先ほどより声量をあげるがやはり反応はない。
「起きてください。ごはんが冷めてしまいますわ」
 今度は声を掛けながら体を揺すぶる。んんっ、とむずがる声を出してのろりと虎徹の腕があがった。
 ようやく起きたかと揺さぶっていた手を離そうとして、手首を大きな手が掴まれ、そのまま強く引っ張られた。「?!」
 受け身も取れず倒れ込んだ春希に、虎徹は長い手足を巻き付けてくる。慌てて逃げようとするものの、年齢差と性別差に加えて鍛えられた現役ヒーローの拘束を外せるわけもなく。抱き枕よろしく胸に抱き込まれては身動きの取りようもない。
「おじさま。お願いですから起きてください」
 絡みつかれたまま自由になる右手で虎徹の髪を強めに引っ張ってみる。微かに眉間が寄ったもののすぐさま弛んだ笑顔に変わる。そのまま、ますます抱き込まれた。 いい加減起きてくれないとせっかくの朝食も冷めて美味しくなくなってしまうし、なにより遅刻したら上司と年下の同僚に怒られるのは虎徹なのだ。
「仕方ありませんわね」
 小さくため息をつくと、春希はころりと半身を回転させてベッドから降りる。少し乱れてしまったスカートを直すのと、ベッドがぼすんと音を立てたのはほぼ同時だった。
「うわっぶ!」
 虎徹が悲鳴っぽい声をあげて顔面からマットレスに突っ込んだ。
 もだもだと手足をバタつかせてしばらくもがいていた、と思ったら両手をマットレスにつけてグイッと上体を起こした。
「っだ! ちょ、いま何したの?!」
 何をしたのかというと、単に抱きついていた虎徹のみを『空間転移(テレポート)』で中空に移動させただけだ。
 ベッドへ一メートル以上も上から落とされれば、落下時の浮遊感と着地したときの衝撃で大抵の人は目を覚ます。どうしても起きない相手に対する春希の最終手段だ。もちろん落ちたときにヘッドボードなどにぶつからないように細心の注意は払っている。
「目覚ましですわ、おじさま」
「めざましって……」
「起きないおじさまが悪いです。あまり遅いとごはんが冷めてしまいますし、遅刻しちゃいますわよ?」
「へ?」
 春希の言葉に時計を確認した虎徹は、うおギリギリ、と呟いてから腕を伸ばしてくる。二度、三度と頭を撫でて、最後にわしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜられて春希は非難の声をあげた。
「おじさまっ」
「んー悪い悪い。もう起きた。おはようさん」
「……おはようございます。コーヒーを入れておきますから、早く支度して降りてきてくださいな」
 くしゃりとなってしまった髪の毛を直し、虎徹にそういうと春希はリビングへと降りていく。背中でからかいを含んだ声で「はーい」と返事を聞きながら、春希はとびっきりのコーヒーを入れてやろうと決心する。
 ここから先はいつもどおりの慌ただしい日常が始まるのだから。





20111027


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