ぺらり。ページを捲る。身体のラインがよくわかる青いヒーロースーツ。ワイルドタイガーの名前通り“タイガー”を表しているマスク。口元だけは露出していて顎に特徴的な形の髭。ちらり。視線を向ける。キッチンで鼻唄を歌いながら料理をする背中。行き場がない春希の面倒を見てくれている仮保護者。鏑木虎徹。彼の名前にもタイガーが入っていて顎には特徴的な形の髭。ぺらり。別のページを開く。インタビューに短いコメントを返す正義の壊し屋。ちらり。鼻唄も料理も佳境に入ったらしい家主。ぺらり。ワイルドタイガーの全身スナップ。ちらり。ノリノリな男の背中。はふり。ため息を溢せば、聞きつけた虎徹がフライパンを持ったまま振り向いた。
「もうすぐ出来っからなー」
 語尾にハートマークか星マークがついているんじゃないかと思える声がキッチンから飛んでくる。
「飲み物、準備しますわね」
 読んでいた雑誌を脇に寄せて、春希は飲み物が入った冷蔵庫からペリエを取り出す。
 瓶は二本。グラスはひとつ。ビンのまま飲むのが虎徹の分と、グラスで飲む自分の分とをテーブルに置く。虎徹が両手に皿を持ってキッチンから移動してくる。今日も虎徹特製炒飯だ。ふんわりと美味しそうな匂いを漂わせ、ペリエと並べてテーブルに置かれる。
 お互いにソファの定位置になった場所に腰を下ろす。
「いただきます」
「どーぞめしあがれ」
 お決まりになった挨拶を交わして、食べ始める。
 虎徹特製の炒飯はしょっちゅう食卓にあがるだけあって、今日のもとても美味しかった。口に運んでは美味しさに感動し、合間にペリエとお喋りを挟む。食事中は口数が減る春希と違って、虎徹の口はよく動く。今日のは少し具材を変えてみた、やっぱり醤油とマヨネーズは合うな、デザートに果物も買ってきたんだ。そんな他愛もない話に相槌を打って会話にしていく。
 皿の上が半分くらいに減ったところで、そういえば、と虎徹が話題とスプーンを振った。
「さっきなに読んでたんだ?」
「月刊ヒーローですわ。ワイルドタイガー特集の」
 脇に避けていた雑誌を掲げて表紙を見せる。
「それ、だいぶ前のやつだな」
 言われて、そうですのね、と軽く返す。あまりカレンダーを気にしていないため、いまだにシュテルンビルトの年号がよく分からない。月日に関してはニュース番組を見ればいいので大して困りはしていないのだけれども。
「春希はさぁ、ヒーローで誰が一番好きよ?」
「一番、ですか」
「そ。熱心に雑誌読んでるし、誰が好きかなーってさ」
 何気なさを装って、けれども期待の籠った眼差しを向けてくる虎徹はまるで子供のようだ。普段からクルクルと変わる表情に大人の威厳は感じられないのだけれど、ことレジェンドとワイルドタイガーのことになると子供っぽさが顕著になる。春希よりも年嵩の男が弟みたいに思えるのだから相当だ。
「そうですわねぇ」
 だからつい勿体振った態度を取ってしまう。
 スカイハイはさすがキング・オブ・ヒーローですね。ファイヤーエンブレムも悪くありません。女の子たちも可愛いですし、折紙サイクロンも見切れているのを探すのが楽しいです。牛角さん、ロックバイソンはちょっとわからないですが嫌いじゃないです。新人さんは…好きじゃありません。
 つらつらと思うままを口にしていく。新人ことバーナビーに関しては表現を柔らかくしたけれど。正直、あの新人ヒーローを好きになれる要素が春希には見つけられない。テレビや雑誌でみる顔出しヒーローは笑顔を張り付けているものの、べったりとしたソレは印象のいいものではない。同じ作られた顔ならマネキンの方がまだマシだった。
「へぇバニーちゃん好きじゃないって珍しい」
「金髪碧眼美形が万人に受け入れられるとは限りませんのよ」
「じゃあ、ワイルドタイガーは?」
「ワイルドタイガーは――」
 たっぷりと間を空けて、焦らしてみせる。期待たっぷりの虎徹に口元がにやけそうになるのを我慢して。
 続きを口にしようとしたところで虎徹の腕に巻かれたPDAがコール音を上げた。
「……」
「悪い。ちょっと外すわ」
「どうぞお構いなく」
 そそくさとリビングを出ていく虎徹に、出鼻を挫かれた春希はソファの背もたれに背中を預ける。これでちょっとした団欒もタイムアップかと思うと物足りないが、虎徹の職業を考えれば仕方がなかった。
「ごっめん。会社から呼び出しかかっちまった」
 廊下から戻ってきた虎徹が申し訳なさそうに謝ってくるのが、逆に申し訳なくなる。
「気になさらないでください。お仕事ですもの。残った炒飯は冷蔵庫に入れておきますので」
「うん、頼むわ」
「あまり無理せずにお仕事がんばってくださいませ」
「わかってるって。戸締まりはちゃんとしておけよ」
「もちろんちゃんとしておきますわ」
 言葉を交わしながら、虎徹はネクタイを締めてベストに袖を通していく。ハンチング被ってすっかり出掛ける支度が出来た虎徹を見送るために玄関まで着いていった春希は、ふと思い出して上着のポケットからガムを取り出した。
「歯磨きしてませんから、移動中に噛んでください」
 適当に何粒かてのひらに乗せれば、へにゃりとした笑顔でありがとなと礼を言われた。
「んじゃまあ、いってくる」
「いってらっしゃいませ、おじさま」
 ぱたぱたと慌ただしく出ていった虎徹を見送った春希は、言われたとおりに戸締まりをしてリビングに戻る。食べ掛けの炒飯にラップをかけて、栓をしたペリエと共に冷蔵庫へしまった。いままで虎徹が座っていたソファに腰を落ち着けると、リモコンに手を伸ばしてテレビをオンにする。
 チャンネルを回せばヒーローTVが始まったところだった。事件は単純な強盗で、犯人が逃走しているところにヒーローたちが駆けつけている。機動力に勝るスカイハイと真っ赤なスポーツカーを操るファイヤーエンブレムが一足先に現場へ到着して、ナレーションがポイントをゲットを告げる。少し遅れて到着したタイガー&バーナビーにカットインが挿入されてから、二人が犯人を追うシーンが映し出された。
「ヒーローで一番好きなのはワイルドタイガーですわ」
 画面の向こうで活躍するヒーローに、春希は先ほどの続きを告げる。世間に冴えないロートルヒーローと言われていようと、肝心なところで決まらなくても、成績が奮わなくてもだ。
「ヒーローをしているおじさま、輝いてますもの」
 それにしても、と思う。
 置きっぱなしにしていた雑誌を引き寄せページを捲る。移籍して新しくなったヒーロースーツでは確かに解りにくくなっているが、昔のスーツは身体のラインがよくわかる。呼び出しを受けたときの虎徹を思い浮かべて苦笑する。あの様子では知られているとは微塵も考えていないのだろう。
 比較対象が間近にあって気付かないほど、春希の目は節穴ではないのだ。
 本人が隠すのならば、わざわざ春希から明かすつもりはないけれど。





20110915


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