それは一種の




 宿屋に戻ってきたレイヴンの達成感溢れる顔に、待機組だったユーリとエステルは、いいことでもあったんでしょうか、さぁな、といったことを視線だけでやりとりする。ラピードは日当たりのいい場所に陣取っていて耳だけがピクリと反応した。
「おっさん、やけに機嫌がいいな」
 声を掛ければ、んふふふふ、と怪しい笑いを返された。
「なんだよ、気持ち悪ぃな」
「ちょ、ひどい! いいわよ、そんなひどいこと言う青年にはコレ見せてあげないんだから」
 ぎゅと持っていた紙袋を抱きしめるレイブンに、エステルがなんです? と興味を引かれ、ユーリはエロ本? と首を傾げてみせる。
「ちっげーわよ! そんなもの嬢ちゃんがいるのに出せるわけないっしょ。ダングレウォーカー!」
「ダングレウォーカー?」
「あら、知らない?」
「いや、知ってるけど」
 ダングレウォーカーというのは幅広い範囲の情報を網羅し、マニアックな特集まで組まれるというダングレストの情報誌だ。それは知っているし時々やっているスイーツ特集のときはユーリも読んでいた。エステルも女性向けのオシャレ特集なんかがあるとジュディスやリタ、パティと雑誌を広げてガールズトークをしていたはずだ。
 ただ、レイヴンがにやけるような内容の特集が思いつかず(だからエロ本などと下世話なことを思いついたのだが)ユーリには見せてやらないといいながらも、見せびらかしたい雰囲気を醸し出す中年男にとりあえず自分が食いつきそうな特集をあげてみた。
「世界のスイーツ特集か」
「なんで甘いもんにいくのよ」
「レイヴンのことですから、女の子に人気のお店特集かもしれませんね」
「いやまぁそれも買うけどさ」
 がっくりと肩を落とすレイヴンに、そういうならさっさと見せろ、とユーリが催促すれば再びにやにやとだらしない顔になる。
 しかたないわねぇとかなんとか言いながら袋から大事そうに取り出した情報誌をユーリとエステルの前へと差し出した。
「じゃじゃーん。今回はギルド・白鴉の囀り大特集よー!」
「本当ですか!?」
 なぜか自慢げな顔のレイヴンと物凄く食いついたエステルに軽く引きながら、ユーリは差し出された雑誌を見つめる。
 いつも以上に編集者の気合いが入っているのがよくわかる、普段とは違ったそれは厚みが倍くらいある。そしてなにより装丁が凄かった。黒地に金の箔押しで雑誌名が書かれ、『ギルド白鴉の囀り特集! 至上の歌姫アリスの魅力とは!』と見出しが躍り。その歌姫なのだろう、女が表紙を飾っていた。
「レイヴン、中を見てもいいです? いえ見せてくださいっ」
 興奮しきりのエステルがタカラモノをみつけた子供のようにキラキラした瞳でレイヴンを見る。
「いいわよん」
「はいっ」
 レイヴンの許可が得られたことにエステルは一層顔を輝かせて恭しく雑誌の表紙へと手をかけた。
 おいおい本物のお姫様がギルドの歌姫に恭しくってどんだけだよ。そう思いはしたがユーリは口に出しはしなかった。
 エステルもレイヴンも物凄く真剣に尊いものを扱う顔だったからだ。下手なことをいって自ら面倒事を発生させるようなマゾっ気をユーリは持ち合わせていない。黙ったままそれでもどんなものかは気になるので二人と一緒に覗き込んだ。
 エステルがもの凄く丁寧に表紙を開くと、はう、とため息を溢す。レイヴンはうっとりと目を眇ている。
 表紙を開けてすぐのページはピンナップになっていて、誰も座っていない玉座の隣に濃紺のドレスを纏った歌姫が憂い顔で佇んでいる。
「これ、このあいだやった公演のラストシーンですよね。私が観たものは空白の玉座の前に歌姫が座っていました」
「これは公演五日目のやつだわね。最終日のは誰も居なくて椅子だけがあったのよ」
 そんなことを話しながらページを折らないように捲り、この写真は何時のときのだ、こっちの時はどんな演出だったと盛り上がり出した二人についていけないユーリはレイヴンの脇に置かれた袋へ視線を向ける。まだ何か入っているらしく紙袋はそれなりの厚さを保ったままだ。なんとなく中身が気になって、会話がヒートアップしていく二人を尻目に紙袋へ手を伸ばす。
 エステルがやっぱり萌えますよね! と拳を握っていたのには気付かないことにした。
 紙袋を引き寄せて中身を引っ張り出したユーリは僅かに目を開いてすぐに半眼になる。
 進んで読書をすることはないがレシピだの奥義書だのなら読むし、雑誌もそれなりに眺めるので適当に時間が潰せそうなものならよかったのだが。袋の中身はいま目の前でエステルとレイヴンが開いているものとまったくおんなじ物だった。しかもそれが四冊である。うち二冊は丁寧にビニールが掛けられて汚れないようになっていた。
「おっさん」
「なによ青年…ってあー!」
 呼ばれて振り返ったレイヴンが、ユーリの手にあるものを見つけて大袈裟な叫びをあげた。
「ちょ、なに勝手に出してんのよっ」
「なんでおんなじやつ、こんなに買ってんだ?」
 引っ張りだしたうちの一冊をパラパラ捲り、疑問を投げ掛ける。レイヴンは、あー、うー、と唸ってはうろうろと目を泳がせてからぼそりと保存用…と呟いた。
「なんだって?」
「だから保存用よ! あとは閲覧用と自分用と鑑賞用と布教用っ!」
 耳に届いた内容に思わず聞き返せば、聞こえなかったと取ったらしいレイヴンが自棄気味に叫ぶ。
 ユーリはといえば目の前の男が発した言葉に絶句した。
 あれ、おっさんってそんなキャラだっけ? 胡散臭いのはソッチ方面での胡散臭さだったのか。
 保存用、はまあこれだけ豪華な装丁とたっぷり掲載された写真を見ればまだ分かるとして。
 閲覧用と自分用と鑑賞用に布教用。閲覧用と自分用と鑑賞用とでどう違うのかイマイチ分からない。さらにいってしまうと布教用というのはなんなのか。誰に何を布教するんだ。
「……なによ青年」
 ユーリに凝視されていたレイヴンが視線に含まれたあれこれを察したのだろう。僅かに低くなったレイヴンの声が、ユーリに中年男の心中をなんとなく理解させる。
 即ち、いいでしょ別に好きなんだから、というもので。
「いや、なんつーか……犯罪だけはすんなよ……」
 ユーリは微妙なコメントをレイヴンに送ると、同意するようにラピードがわふぅと鳴いた。





病みたいなモノ





20110517
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -