さあ復讐劇を…あれ?
2012/06/15 12:48



 メルヒェン・フォン・フリートホーフの職業は屍揮者だ。
 なんだそれ、誤字だろう? とツッコミを入れたい人もいるだろうが待ってほしい。誤字でないことは『しきしゃ』と携帯電話なりパソコンなりの文明の利器に打ち込んで変換すればわかって頂けると思う。なにしろ屍揮者の『屍』という字は『しかばね』と入力しないと変換されないのだ。普通に変換された人は屍人か、どこかの空飛ぶ王国の住人だと思う。
 そんなわけでメルヒェンは屍揮者だ。美しすぎる屍人姫たちに復讐を唄わせ、復讐劇を演じさせるための屍揮者だ。
 しかしそれもストーリーコンサートが終わり、第4次領土拡大遠征改め第1次領土復興遠征が終わったいま、すこしばかり休息期間である。たとえ王様が「次はリンホラ!」と自身の発言を綴っても、全貌が臣下に下るのはまだもうちょっと先の話だ。
 そんなわけでメルヒェンは王様に外出許可をもらい、エリーゼを連れて散歩に出た。散歩といっても王国の一画、自身の住まう井戸から『衝動』を使って『異土』に至る移動だ。そんな散歩ついでに素敵な屍人がいたら宵闇の楽団にスカウトするつもりである。
 そうして井戸を渡ったメルヒェンがたどり着いたのは、まぎれもなく異土だった。
「……エリーゼ」
 呆然とメルヒェンは、腕の中にいる小さな淑女の名前を呼んだ。
 迷子の子供が母を呼ぶかの如く声色に、エリーゼは赤いくちびるを歪ませた。
 なんだかとんでもなく面倒臭そうな顔をされているが、メルヒェンだって面倒なことは苦手だ。復讐劇のためならどんなに手が込んでいることをしようとも、それ以外はからっきしなのだから仕方ない。
「ナニカシラ、メル」
「井戸移動って失敗することもあるのかな」
「ソンナコト私ニ聞カレテモ分カラナイワヨ。ダケド此処ハ何カ違ウワ」
 エリーゼが不機嫌に返す。
 どうやらエリーゼも此処がいつもの森の井戸ではないと気が付いているようだ。いや、気付かないはずがないのだ。あの怨嗟と嘆きの渦巻く森の空気と違い――そういったものがまったくないわけではなかったが――非常に生きている人間の空気がする。
 それは構わないのだが、もっと感覚的に空気が違うということをメルヒェンは口に出さなかった。
 言ったらダメな気がする。
 その代わりに腕の中の姫君へ無難な問いを投げかけた。
「此処は、一体何処だろうね?」
「ダカラ! 私ニ聞カレテモ解ルハズガナイジャナイ!」
 かっ、と瞬間沸騰したように怒鳴るエリーゼに、それもそうだ、とメルヒェンは頷いた。
 驚いてビクついたのはなかったことにしておこう。
「ここには復讐の匂いもしないし、教会の井戸へ帰ろうか」
「ソウネ。屍人ノ気配モシナイモノ。帰リマショ」
 メルヒェンとエリーゼは満場一致で自らの居場所に戻ることを決める。
 そうと決まったら居心地の悪い井戸の底にいつまでもいることはない。もし誰かが聞いていたら井戸の底にいる事態が居心地が悪いだろうとツッコミをいれたかもしれないが、それは屍者であるメルヒェンと殺意を唄う人形であるところのエリーゼとは感性が違うのだから致し方ない。
 メルヒェンが還り道を開くために屍揮棒を振るう。
「…………おや?」
「ドウシタノ、メル」
 屍者に語りかけるときのような弛さで、しかしメルヒェンは形のいい眉を僅か寄せた。エリーゼが腕の中で首を傾げる。それに「ちょっとなんか」ともごもご返して、メルヘェンはもう一度屍揮棒を振るった。
 しかし、なにもおこらなかった。
「……メル?」
「うん」
 訝しむエリーゼに、目だけで「ちょっと待って」と答えてもう一度。
 メルヒェンは屍揮棒を振るった!
 しかし何も起こらなかった!
 ウィンドウが出ていたなら、そんなメッセージが表示されたことだろう。
 実際にはウィンドウもメッセージも表示されてなどおらず、ただ屍揮棒が空気を切った音が小さく響いただけだ。
 メルヒェンは油の切れたブリキ玩具のようにぎこちない動きで、腕の中の淑女を見下ろす。
 泣きそうな、いや、泣き出す一歩前くらいの顔を向けられて、エリーゼはその頬を引きつらせた。
「ネェ、メル。チョット、ヤメテヨネ」
「……どうしようエリーゼ。帰れなくなった」
 メルヒェンが涙声で告げたとたん、エリーゼが絶叫した。
「アアモウ! ヤメテッテ言ッタノニドウシテ口ニスルノッ!? メルノ馬鹿ッ! コウイウ時ハ認メチャイケナイノヨ分カッテル?! 帰レナイッテ認メタラ帰レナクナルンダカラ、帰レルト思エバ帰レタノニッ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿メルノ大馬鹿アアアアア!」

 磔刑の聖女のときに負けない荒れぶりに、メルヘェンは目に涙を浮かべて空を仰いだ。
 助けて王様っ!
 しかし見上げた先にあったのは青い月夜でも王様のお迎えでもなく、赤い髪の子供だった。
「うわあああああっ」
「なんだおまえらあああっ」
 気が遠くなったのは井戸の底に響いた絶叫三重奏のせいだと思いたい。









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