過去の遺産2
2011/08/12 10:10

「キョンくーん」
 聞き慣れた声の聞き慣れない台詞に背筋がぞわりと変な震えをおこした。腕を見ればしっかりばっちり鳥肌が立っている。ちなみに誰が呼んだのか。朝比奈さんなら鳥肌など立つわけなく、むしろ俺は笑顔全開ですぐさま返事をする。ハルヒは俺を呼び捨てにするし、まかり間違っても『君』付けなど有り得ない。長門は無言で俺を呼ぶ。もしくは「あなた」か。SOS団の女性陣でなければクラスメートか…などと考える必要がないのはわかっている。なにせ、声の主は俺の真っ正面から走ってきているのだ。バックにキラッキラした特殊効果を背負って、普段は呼ばない俺のあだ名を異常なテンションで呼んだのは、いつもの胡散臭い笑顔とは比べものにならない特上スマイルを浮かべた古泉だった。右手にはバットマンのマークっぽいものを高々と掲げている。
 はっきり言って気色悪い。何故に俺は古泉に『君』付けであだ名を呼ばれにゃならんのだ。その呼び方は女子限定だと言ったはずだ。
「いいじゃないですか。それよりもこれを見てください」
 そういって差し出されたのは、先ほどから古泉が掲げ持っていたものだった。大きさは手のひらくらいでどうみても黒いコウモリだ。ただし安っぽいプラスチック製。この間から始まった特撮ヒーローにいたな、そんなコウモリが。よくよく見れば古泉はブレザーの上からやはり安っぽいプラスチック製のベルトを巻いていた。おいおい。なんのマネだそりゃ。もしかしなくてもまたハルヒか?
「いえ、これは涼宮さんは関係ありません」
「じゃあ、なんなんだそれは」
「キバットです。新ライダーの変身ベルトですよ」
 だから、なんでお前がライダーベルトを持ってるんだ。装着までして。しかも学校だぞここ。
「ああ、実はですね。朝から玩具屋に並んで一番に購入したんですが、家に戻ると学校を休むことになってしまうので、そのまま学校に来たんですよ」
「……おまえ、そういう人種だったか?」
 いわゆるオタクというやつ。学校をサボってまで買うものじゃないし、まして優等生キャラで通しているくせにサボっていいのかよ。ハルヒがお前に望んでいるのはそんなマダオっぽいオタクキャラじゃないはずだ。そんなのお前自身がよく知ってるじゃないか。というか、それ子供用だろ。よくブレザーの上から巻けたな。
「そういうわけではありませんし涼宮さんは…この際置いておいて」
「いいのかよ置いちまって」
「ですが、これは絶対に買いだと思ったんです!」
 そういうとキバットのスイッチ…たぶん起動させるためのスイッチなんだろう――を動かす。黒いコウモリは「がぶっ」と変身時の台詞を喋って口を開けた。まてまて。口を開けてんのに「がぶっ」とかおかしいだろ。そりゃ噛み付いた時にいうもんじゃないのか? 
「ね?」
「ね?、の意味が全然わからん顔が近い息をかけるな気色悪い」
 普段からわけの分からん奴だったが今回は分からなさが極めつけである。
「わかりませんか?これ、このキバットに咬まれて変身するんです。今期の新ライダーですよ」
「それはわかる。わからんのは、お前のその言動だ」
 それとも、実はオタクだったんですとかカミングアウトするための前振りだったりするのか。ありそうで嫌だな、古泉。とりあえずキバットをがぶがぶ言わせるのはやめろ。
「ダメですか? これで毎日がぶって咬んでもらって遊ぼうかと思ったのですが。それとも、あなたが毎日僕に噛みついてくれますか。キバットみたいに」
 キラキラとある種ハルヒに通じる笑顔で俺に迫ってくるハンサムを、俺はどう扱っていいのか考え倦ねる。
 俺に噛みつかれたいのか。真性の変態だな。
「なにを言ってるんです。あなただからですよ。まぁ、あなたがそういうことをしてくださらないのは重々承知しているのでこうしてキバットで我慢しようと思ったんです。キョンくんの声ですし。でも一回くらいはキョンくんにがぶってされてみたいです」
「あー…わかった古泉、一回だけな」
 無表情でそういってやれば、古泉は本当ですかっと鼻息荒く更に俺に接近してくる。端から見ればマジでキスする五秒前…ってアホか。
「古泉、目を瞑れ」
「えっ?」
「見られてると恥ずかしいから…」
 自分でも鳥肌ものの演技だと思うが、古泉はそれにコロッと騙されたらしい。頬を僅かに染めて大人しく目を閉じる。こんな時だけ殊勝だなまったく。
「絶対に開けるなよ」
 古泉の手からキバットを奪い、俺のカバンへと突っ込む。没収だこんなもん。
「キョンくん」
 待ちきれないのか古泉が俺の名前を呼ぶ。言いつけ通り目は閉じたままだ。俺はため息まじりに拳を握る。ここまで言ったら後には引けないさ。
「古泉…がぶっ!」
「ひでぶっ」
 俺の放った右ストレートをまともに受けて、古泉が吹っ飛ぶ。といってもそこまで強く殴ってないから一メートルくらい下がって尻餅ついたぐらいだが。


「いいか、古泉。それは俺じゃないし俺の声でもないし中の人繋がりとか言うなよ中の人なんて居ない。俺に咬まれたいとか馬鹿なこと二度と言うなよ言ったら金輪際口をきかんからなっ」


 まったく忌々しいったらありゃしない。
 誰か古泉の変態を修復してくれ。心の底からお願いしたい。



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