過去の遺産1
2011/08/12 10:06

「好きです」
 そう言って目の前の男は、泣きそうな顔で笑った。
 男である。夕陽が差し込み橙色に染まった教室(今の場合は部室だ)で二人っきり、そして可愛らしい同級生ないし上級生が頬を夕陽に照らされた以上の赤さで染めて、緊張に震える声で冒頭の台詞を告げる。そんな初々しくも恥ずかしい青春の一ページというのは、健全な男子高校生……いや健全な女子も含めて高校生ならば、一度は夢見る絶好の告白シチュエーションではなかろうか。
 しかし、俺の目の前にいるのは可愛らしい同級生でも上級生でもない。ああ、違うか。同級生ではあるのだ。ただし、可愛らしさからは程遠く、また女の子ではない。俺よりも上背があり、ハンサム面で、女子からの人気も俺など足元に及ばない。
そして俺と同じ部活と呼べない団体に所属している、地域限定超能力者。ハルヒのイエスマン。SOS団副団長。古泉一樹。
ありえない。
 いつもならば、気持ち悪い、何の冗談だ、またハルヒの馬鹿げた遊びの一環か、と罵倒や呆れを吐き出していただろう俺は、何故かそんな言葉を一言も発せないまま目の前で告白じみた(じみたというよりは告白そのものだ)台詞を吐いた古泉を凝視していた。
 お約束のようにその『好き』ってのはアレだろ、友人としての『好き』ってやつだろ。と軽口を叩いて、俺もお前のこと嫌いじゃないぜ、とか言ってこの話題を終わらせられれば良かったんだろうが、そんな軽口も俺は口に出すのを憚られた。それほど目の前の古泉が纏っている雰囲気とか表情とかが普段と違った。
 泣きそうな笑顔なんて、古泉一樹としては間違ってる。ハルヒのイエスマンで副団長で超能力者で優等生の古泉一樹は、そんな顔しちゃいけないだろう。
 俺を好きだなんて。
 そんな顔で、俺を好きだなんて。
 ああ。顔が熱い。夕陽のせいじゃなく顔が赤くなっているのが分かる。
 古泉が冗談でなく、俺のことを好きだと分かる。
「お前、そんなの……反則だっ」
 そんな顔するから。お前がそんな顔で告白なんかするから。俺はどうしていいかわからないじゃないか。
「好きですよ、貴方が」
 やっぱり泣きそうな笑顔のまま、古泉が俺の頬へ手のひらを滑らす。
「好きなんです」
 そう言いながら手のひらが頬から顎へと滑っていき、長くてすらりと細い指が自分の頤を掴んで上に向けられる。そうして古泉が俺に何をしたいのか悟っても、俺は抗議の声を上げるのも、古泉の肩を押して距離を取るのもしなかった。
「逃げないんですか?」
 顔が近い!といつもなら避けている距離で喋られ、息がかかる。それでも俺は逃げなかった。



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