いかないで

 例えばわたしとあなたが出会わなければどうなっていたのだろうか。
 また夢の中で居眠りしてしまったことを憎みながら、ゆっくりと瞳を開けた。
 狭苦しい天井は、のぼりかけの太陽の光で照らされていた。
 自宅でないのは明らかだが、どこか懐かしい気がしたのはなぜだろうか。
 またあなたに会えるのではないかと期待を胸に持ち、ゆっくりとからだを起こす。だがしかし、隣には残念ながらあなたはいなかった。
 何度も寝たはずなのに、頭はまだまだ起きてくれない。寝ぼけ眼で携帯電話を探し、西暦と日にちを確認する。
 ああ、そうか。きょうは、入学式だ。
 あなたと出会ったのは大学時代。たしか、わたしが急いで乗りこんだ電車にあなたが乗り合わせていて、落し物を拾ってくれた。同じ大学ということもあって仲良くなり、間もなくして交際をスタート。
 わたしは記憶を頼りになんとなしに仕度を始めた。はやく起きたからか時間には余裕があり、予定していた電車には難なく乗れてしまった。
 あのとき乗った電車だから、あのときのあなたも電車にいて、わたしはただ若いあなたを眺めるだけ眺めて先に降車した。
 いつ、どのタイミングで、あなたはわたしに話しかけただろうか。
 けれど待てども待てどもあなたの声が聞こえることなどなく、そしてただ隣を通りすぎていく。ポケットに手を突っ込んでみると、あのとき落とした定期入れはしっかりはいっていて、足幅の長い彼はわたしから離れていくばかりだった。声をかけようにも繋がりのないはずのわたしはなにもできなかった。
 髪の毛は記憶の新しいあなたよりももう少し短く、顔は若々しく、髭も生えていなかった。
 手を伸ばしても、あなたはもう行ってしまっている。走れば追いつくのはわかっている。けれどあなたはどんどん人混みに紛れていって、わたしから離れていく。
 目ではこんなにもあなたを追いかけられるというのに、わたしのからだは動いてくれなかった。
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