どこにいるの

 瞳はすんなりと開いた。天井は嫌に明るく、わたしを目覚めさせようと張り切っている。
 社会的には恋人『ごとき』の死なんだから仕事はもちろんあるはずで、けれど結婚を目前にしていただけあってか、休みたいと上司に告げたところすきなだけ有給を使うよう気を使われた。それに甘えて二度寝にはいろうと薄目のまま、寝返りを打った。
「……」
 生暖かいからだ。よれよれのティーシャツ。さらさらの髪。少し伸びた鼻の下の髭。
 一瞬で完全に見開いて、目の前の人間を凝視した。声も出せずにいたところ、寝ぼけたあなたは「うーん」だなんて間抜けな音を喉から鳴らしながら擦り寄ってくる。髭がわたしの肩にあたって、あのジョリ、とした感触があった。次第に肌の熱が伝わってきて、なにがなんだかわからないわたしはただ上半身を起き上がらせて彼を見下ろした。
「……なーんだよ、……さむいだろ」
 そうして、薄目を開いたあなたはわたしの手首を引いた。勢いよく倒れて舞った布団の埃がキラキラと輝いた。まるでいま目の前にあなたがいることを祝福しているかのようで、あなたのことなど一度もきれいなんて思ったことなどなかったのに、不覚にも美しいと、そして唐突なこともあってか、きのう同様に涙が出そうになる。
 グッと力をいれて止めてみた。少し溢れた分は枕に擦りつけ、あなたには秘密にしておいた。
「きょうぐらいお互い休みなんだからさ」
 そうあなたはへへ、だなんてバカみたいに嬉しそうな声で笑った。けれどわたしの心臓は波打って、隣の温かい人間から少し距離をとった。
 はたしてあなたは本物だろうか。
 まず一番に頭をよぎったのはあなたという存在についてだった。まさか幽霊だなんて、そんなものを信じていないわたしからすれば非現実的でありえないのだけれど、もしかするのか。
 とにかく無駄とわかっていながらも携帯電話を探し、『幽霊 あたたかい』なんて相当なことを検索しようと枕元を探った。パカパカしたのじゃなくて、スライド式の、携帯電話。
 しかしそんな分厚いものは手にあたらなかった。とりあえずさきほどからカツカツあたるプラスチックを手にとって眺めてみる。
「……あれ」
 わたしの携帯電話であるのは確かだった。けれど握っているのは黒色で薄型のパカパカするタイプのガラケー、昔の携帯電話だった。
 さきほど起こしたときと違い、腕立て伏せみたいな格好でからだを起き上がらせて携帯電話を開いた。西暦は、なんと五年前を示していた。
 咄嗟にあなたの携帯電話も開き、トップ画面の日付を確認する。大きなデジタル式の文字の真上には同じ数字が四桁並んでいる。
 いや、違う。そうだ、これは夢だ。夢なんだ。たしかにわたしはあなたのことがすきですきで堪らないわけなのだから、こうして夢に出てくるのはうなずける。きっとリアルすぎる夢なのだ。温かいのは現実で布団がいい感じに暖かいからだ。
「いやいやいや、ないないないない」
 小刻みに首を振る。それを隣のあなたは不思議そうに見上げて「なにしてんだ?」と揺れたわたしの髪に触れる。
 ああ、この触り方、すきだった。
 優しく、そしてなんだか少しくすぐったいようなそんな触り方。あなたはそれを知っているから何度もそうやって触る。そうしてくれたとき、わたしはいつもあなたの胸に顔を埋れさせてもっともっととねだった。いまのわたしも夢とわかっていながらも、そうしてしまっていた。
 癖というものは恐ろしいもので、いつのまにかどこかにあなたがこびりついているのだ。それが薄れるのは、もう何年も何年もかかるし、なくなってしまうのかもわからない。だからその癖を大切にしようと、ねだることをやめられなかった。
「甘えん坊だな」
「知ってるくせに」
「かわいいなあ、もう」
「なんか、むかつく」
 するとあなたは小さく笑った。そしてわたしの頭を抱えるようにして抱きしめてくれた。
 こんな幸せをくれるのは、夢だからこそ、だろうか。
 そんな現実があなたをかすめた。
「ねえ、」
 堪らずわたしは彼を見上げた。
「どうした」
「どっかいっちゃわない?」
「そんなこと聞いてくるなんてめずらしいな」
 あなたは戸惑いの表情をつくり、一度止めた手を動かした。頭を撫でるその手は、やはり温かかった。
「守るべきものがある」
 そうね、あなたはそういうひとだった。
 またすり寄ってみると、申し訳程度の優しい口づけが額に触れた。
「知ってる」
「うん」
 より一層強く抱きしめてきたのは、ごめんねとありがとうの意味が含まれているようだった。
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