13.     

 目が覚めると、隣に降谷はいなかった。降谷の香りに包まれた布団にうずくまり、堪能してからからだを起こした。
 寝室をでると、料理をする音がした。ぺたぺたと足音を立てそうな感じの、幼いこどものように近づいていって台所を覗くと目が合った。それと同時に声がでる。
「おはよう」
「起きたのか。おはよう」
 降谷は優しい声色をだして、そして優しい目をして、返事をしてくれた。あたしは生暖かすぎる空間に照れつつ洗面台に向かう。顔を洗ってからおとなしくテーブル前の椅子に腰かける。そこから彼の後ろ姿を眺め、ごはんを待つ。すると顔がこちらを向いた。
「きょうはせっかく休みが合ったんだから、家で休まずどこか行こうか」
「そうだねえ、どこに行こうかねえ」
「言い方が年寄りみたいだぞ」
「この前の休みに行きたいところはいっちゃったんだもん」
「じゃあぼくがいきたいところ」
「あるなら最初から言ってよ」
 彼は薄く笑ってから、ふたり分の朝食を持ってきてくれた。あたしは用意してくれたそれに手を合わせ、野菜から順番に食べる。
「やっぱりブロッコリーこんなにおいしく茹でられるのうらやましい」
「諏訪は極端なんだよ。茹ですぎるか茹ですぎない」
「調整できない女なんですー」
「じゃあこれからのごはん担当はぼくかな」
 全く料理ができないわけではない。けれどこんなにおいしそう、いや、おいしいごはんを作ってしまうのだからぜひ担当は譲りたい。
「大概のことはできちゃうよね。あたし、なにしたらいい?」
「髪の毛かわかす担当」
「なによそれ」
 そういったズボラなところがあるのは嫌いじゃないけど。せめて洗濯とか、食器洗いとか、さ。
「降谷って主夫も合うんだろうね」
「なろうか?」
「ううん、ならない」
「ならないってなんだよ」
 だって、仕事すきでしょう。それは言わないでおいた。嘘をつけるようになった降谷はなにを考えているのかいまいち掴めないし、どれだけ本気なのかはわからない。ただ、彼が仕事を本気でやっているのは知っている。だって昔から彼はいまの自分になるために努力をして、だからこそあたしたちは離れたのだ。
「きょう、どこにいきたいの?」
「服を見立ててもらおうかと」
「えー、どうなっても知らないよ」
 前に付き合っていたとき、彼に服を見立ててからというものしょっちゅう買い物に付き合わされていた。なんといってもこの焦げた肌。いや、彼の場合は地黒なのだろうが、それに加えて金髪ときた。彼には似合っているのだが、毎度毎度、服装に関してはこれじゃない感が否めないのだ。それにこの男、驚くほどにスーツを着ると幼くなる。普通は逆だ。
「スーツも買わない?」
「買う」
「そのあと服見ようか。時間かかるよ?」
「せっかくの休みなんだから、一緒にいられるなら何時間でも外にでかけていいよ」
 降谷は自分のつくったオニオンスープを飲んだ。あたしはそれを尻目に、できるだけ悟られないように顔が赤くなったことがバレないように、うつむきがちにスープに手を出した。
「顔赤くしてどうしたんだよ」
 バレてた。
「……降谷、おとなになったなと思って」
「なんだよそれ」
「だってさ、前の降谷はそんなこと言えなかったよ」
 昔の降谷なら「いいよ」の一言で終えるか、恥ずかしがりながら「おれがしたいからいいんだよ」とぶっきらぼうな口調で言い捨てていただろう。
「十年だからな」
「そうだね。でも、降谷変わりすぎ」
「え、そうかな」
「うん、すごくキザになった。前に変わってないとかいったの撤回」
 それは本人も気づいていたらしく、まあな、とだけ返された。
「諏訪は、まあ、変わったな」
「それ、再会したときも言ってたね」
「うん、きれいになった」
 この、男は。照れさせる天才にでもなったのか。
「あと悲壮感が漂ってた」
「ちょっと、それ失礼」
「仕事、がんばってんだな、と思って」
 そう捉えてくれるのはうれしいが、いまの彼でも小さな罵りをいれてくるのか。はたまたそれはあたしに対してだけなのか。
「いまの降谷って、なんだかよくわからないね」
「なんで?」
「嘘がうまくなったし、いろいろ落ち着いてるのかと思ったらばかだったり」
「失礼だな」
「あのころのまますぎたらそれはそれで引いてたけど」
「ほんと失礼なやつだ」
 彼は楽しそうに笑った。あたしも仕返しだよ、とでも言わんばかりに笑ってやった。
 いまも、昔も、きっとあなたがすきなんだろう。
 それは何かがあって、例え昔のあなたと重ならない部分があったとしても、あなただからすきなのであって、あなたもどきは決して必要としていない。
「諏訪は、変わったよ」
「顔じゃなくて?」
「性格とか」
「降谷のせいで生意気になったよ」
「悪かったって。でも、」
 彼はことばを詰まらせて、箸を止めて、こっちを見て。
「諏訪だから、すきなままなんだろうな」
 少し、照れたのだろうか。彼はすぐにまた箸を動かして、顔を隠すようにスープをすする。
「同じこと考えてた」
 驚いてこっちを見た降谷を優しい目で見ていたと思う。それからあたしは肘をテーブルについて、口をニヤつかせた。
「降谷だから、またすきになったよ。ううん、きっと、ずっと、すきだよ」
 すると彼は珍しく赤面した。
「……テーブルに肘をつくな」
「はーい」
 それからあたしと同様、彼は口をニヤつかせてからまたスープを飲んだ。
  • 13 / 21

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -