半端な詐欺師

「えー、新しい仕事ー? めんどくさい」

「いつまでもそんなんだと鈍るよ」

「あー、いーのいーの。どーせそろそろ、ねえ」

 あたしはそれ以上言わなかったが、彼は察したらしく黙った。そして小さくため息をついて、持っていた缶コーヒーを飲んだ。

「誰かに覚えてもらったまま、死ねるなら本望よ」

 笑みを向けてやると、睨まれた。

「あのなあ、そうさせないって言ってるだろ」

「いいって。役目があって死ねるなら嬉しいもんよ」

「美咲……」

 たぶん、あたしはそろそろ組織に存在ごと消されることになる。最後はそうなる運命だとわかっていただけに、死ぬ覚悟はわりとできていた。

「それにほら、一度死んだ人間だから」

 心配停止したほどの重傷を負ったことがあった。奇跡的に息を吹き返したが、その痕はまだ胸に残っている。

「あまり、そういうことは言わないでくれ。大事な、仲間なんだから」

「そう言ってくれるのはありがたいわ、バーボン」

「ベイリーズ、と呼べってことか」

「そう。どんなときでも個人的感情になるべきじゃないの」

 ポーカーフェイスは得意ではなかった。今までのあたしなら死ぬことが怖くて泣いていただろう。泣きたいのに泣かないようにすることがここ最近、できるようになってしまった。

「あなたらしくない」

「やめたのよ。あたしらしかったら、いまごろ泣いてるんだから」

 ふたりっきりのこの部屋で、あたしの明るい声が響く。

「泣かない自信があると?」

「そーゆーこと」

 鼻で笑ってやるとバーボンはあたしに近づいた。ため息をついてから、勢いよく肩を持たれたのでよろける。

「なに、」

 壁に追いやられ、首を片手で掴まれる。少し苦しいが、本気で締めないあたりは彼らしい優しさだ。

「これでも?」

「あなたにこんなことされても泣けないよ」

 近づいた目は影のせいでくもって見える。

 こんなことをさせてしまうことが申し訳なさすぎて、本当は泣きそうだ。どうやらいつの間にか嘘が得意になっていたらしい。

「もし殺されるなら、あなたがいいな」

 それでもボロが出てしまうのは直っていないらしい。

「え?」

 彼は手の力を緩めた。

 あたしは咄嗟の嘘をつくって、平然としようとする。

「だって、あなたはきっとあたしを殺さないもの」

「そんな、」

 そんなことはない、とでも言おうとしたのだろうか。彼は目を伏せてみせ、押し黙った。

 あたしは彼の手を払って距離をとった。窓の縁に肘をつき、外を眺める。あたしたちは真剣な話をしているのに、景色はのどかだ。

「そんな、わかりきってること言うだなんて、」

 背後で彼は小さな声で言って、後ろから優しくあたしを抱き締めた。

「ぼくが殺せるわけ、ないだろ。どうせ死ぬだなんて言うな」

 大切な仲間、のはずだものね。それだけの事実に悲しくなりながらも声のトーンだけは変わらないように、喉に力をいれた。

「大丈夫よ。殺すのはあなたじゃないわ、きっと。仕事、あるんでしょ。行きましょう」

 するりと彼の腕を逃れ、扉に近づく。

「ひとつ、いいかな」

「なあに?」

 振り返って顔を見ると、真剣な面持ちをしていた。

「絶対に、失わない」

「それはどういう意味なのかしらね。期待してる」

 あたしは今度こそドアノブを握った。
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