きらいな香り

 彼と夜を過ごした日。それ即ち、お泊まりの日。男女の絡み合いを終え、らしくなく一緒に浴びたシャワー。脱衣所に先に出ていたピンガはヘアセットのために鏡の前に立っていた。
 そんな彼の存在など気にせず、近くにあるバスタオルを慣れた手つきで体に巻き付け、私も肌の手入れをし始めた。顔だけでなく、ボディクリームも忘れずに。
「なんのにおいだ」
「これ? ボディクリーム。良い香りでしょ」
 私は自身の首元まで塗ったボディクリームのボトルを彼に見せつけた。「ふぅん」と一見興味無さげに返事をされたかと思えば、大きな一歩で歩み寄られる。首筋に彼の顔が近づいて、吐息がかかるほどだ。
 び──
「──っくりした」
「いつもこれだったか?」
「え、なに?」
「俺、このにおい好きだわ」
「急にどうしたの」
「明日からもそれ使えよ」
「は?」
 疑問を口には出したものの、彼は笑みを軽く見せただけでそれ以上は何も言ってこなかった。その割に、キングベッドの上では私を引き寄せて、寝ているときでさえも顔を擦り寄せてきた。
 大変寝にくいのだけれど、彼が弱みである私は致し方なく腕に包まれることにしたのだった。



 そして別日。今度は組織の任務の打合せ中。彼とふたりきりで施設の平面図を見ていたときだった。
 紙を触ったせいでパサついたので、最近貰った新しいハンドクリームを手に塗った。塗り終わった手を取られ、彼の鼻が私の手のひらを嗅いだ。かと思えば、眉間の皺を濃くして乱暴に振り払われる。手を取ったのはアンタでしょうが。
「これ微妙。この前使ってたやつに戻せ」
「なんであんたに指図されなきゃ」
「うるっせぇぞ、今夜ひどくするぞ」
「……」
 ピンガって、こんなにも香りに敏感だったっけ?



 そしてついには、
「お前、今日変なにおいするぜ」
「変……? ああ、今日は任務の都合でいつもと違う香水つけてるからかしら。相手がこういうの好きみたいで」
「ふーん」
「なによ」
「別に。終わったら俺の部屋こい」
「だからなんでアンタに」
「いいから」
 そう目力を強めて指示される。
「アンタ、最近、変よ」
 そう忠告をしてみたが、そんなものを彼が聞いてくれるわけがない。
 仕方なしに、言われた通り任務終了後にピンガの部屋に行ってやった。
 扉を開けた彼は、私だとわかるやいなや手を強く引いてなかに入れた。そのまま廊下、脱衣所を通り、風呂場へ押し込まれる。ピンガも一緒に入ってきたので、意味もわからず、無意識にしどろもどろすれば、シャワーのカランを回し、服もろとも頭から水を浴びせられた。
「ちょ、っと! なにす――」
 そんな彼に文句を伝えるべく騒ぎ立てようとすると、壁に抑えつけられたまま口を口で塞がれる。そういった雰囲気でもないのに、彼がそんなことをしてくることに驚きで固まれば、「そのにおい、虫唾が走る」とまた荒々しくキスをし、温かくなってきたシャワーをそのままふたりで、びしゃびしゃになるまで浴びた。
 そして彼の手が、当たり前かのように私の服へと伸びていく。








ピンガ好みの香りに染められるし、好みじゃなかったら八つ当たりされる話
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