萩原くん、はじめまして

 駅の改札口から、大学の同級生が出てきた。黒のトレンチコート。トップスは白色ハイネックの──ニットだろうか。女子受けが良さそうで爽やかだ。
 なんだか少し居心地が悪くなり、私はそっと知らぬフリをして携帯電話へ視線を落とした。
 画面には、素知らぬ男とやり取りしたダイレクトメッセージの画面。相手のアイコンは、首から下だけ鏡に映した様が設定されている。どことなく、さっき見かけた同級生と似ている。気がする。
 同級生のことなど放っておけば良い。待ち合わせの時間まであと十分。どこか変なところはないだろうか。自分の髪の毛を触り、少しでも身なりを整える。
 画面の向こうの彼とは――友人と一緒にやり始めたSNSがきっかけで出会った。
 日々、「FCも良いけどFDもフォルムが美しい」だとか、「でもインテグラのフォルムも最高」だとか、「アルテッツァの高級感ある佇まいも嫌いじゃない」だとか、好き放題そのSNSに書きなぐっていた。需要なんてどこにもない。趣味の合う子がいないから、その鬱憤晴らしのつもりだった。自分だけの世界でも構わない。そう思いながら続けていた。私は、車が好きだった。しかもスポーツカー。
 そんなとき、一件のコメントがついた。「いつも楽しく見させてもらってます」と丁寧な言葉だった。コメントの主とネット上でのやり取りが増えるのにそう時間はかからなかった。彼はいつでも優しくて、でもとてもおもしろくて、私がどんなに変なことを言っても、画面上で、言葉で、笑ってくれて。いつしかそれは、ほんのりと淡い恋心に似たようなものに変わっていった。だから、『会いたい』と、願ってしまった。
 くだらないことを言ったのだ。「いつか仲良しの方と会えたらうれしいな」と書き込んでいたのだ。
 彼とのダイレクトメッセージのやり取りが始まったのは、その日からだった。そしてあっという間に今日を迎えた。
 音も無く、携帯電話の画面には「ちょっとはやいけど着いちゃった」と表示された。
――私ももう着いてるよ。
――ほんと? どこ?
――改札の近く。
――俺も近く。番号送るから、イヤじゃなかったら電話かけてもらっていい?
 顔よりも先に、彼の声を聞くことになるのか。
 送られてきた番号に向けて電話をかける。が、「え」画面に表示された文字を見て、無意識に通話終了のボタンを押した。またダイレクトメッセージの画面を開き、急いで文字を入力する。
――今日の服って、どんな服?
 おそるおそる、メッセージを送った。
――黒のトレンチコートに白のハイネックニットだよ。大丈夫?
 大丈夫な、わけない。……。
 私は覚悟を決めて、もう一度彼が送ってくれた電話番号へ向けて音声通話を開始させる。画面にはでかでかと『萩原研二』と表記されていた。やっぱり見間違いじゃなかった。
「もしもし? 電話なんて珍しいね、どした?」
 同級生を見かけた改札口へと歩を進ませる。黒のトレンチコート、白いハイネック。
「は」
 彼は顔を上げた。
「お、奇遇だねぇ」
「はじめまして」
「え?」
 この電話番号は、いつだったかの大学の飲み会で交換しただけだった。だって私なんかが彼とそう話をするようなことはないだろうと、使ったことなどなかったのだ。ただちょっと憧れていたものだから、連絡先から消せずにいたのだ。
「はぎのすけさん。わ、私、……ろ、ろーどすたーです」
「え、……ええ!?」
 彼は自分の持つ携帯電話の画面と私を、交互に何度も見比べた。
















ロードスターというのはマツダから出てる、FC、FDに似たオープンカーです。すごくかわいいので、FDが好きな方はぜひ検索してみてください。
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