むらさきの糸

萩原研二最初のほうにチラッと出てくるだけです。
モブとキスをしたり、咥えたりしています。お気をつけください。
日常のなかの不思議な世界観のお話しです。SFまではいきませんが。
個人的にはエモ〜と思いつつ、好きなように書いたし好きな感じの小説なのですが、
他のひとがそう思うかはまた別の話……。
10年ほどまえにオリジナルを書いていたときの話を萩原に置き換えてリメイクした形です。
たしか本とかにはしてなかったはず。











 小指に絡まる糸の色が、赤色だけとは限らない。
 高校一年生のころに、処女を消失してからあたしの小指には何本もの紫色の糸が絡まるようになった。これは他のひとには見えない糸で、触れられない。
 赤の他人相手だとその糸は見えないけれど、中途半端な男友だちだとか、飲み友だちになってしまったらいつの間にか浮き出ている。そして悲惨なことに、ふたりっきりになると高確率で糸が小指に絡まる。
 それが、運命の糸だったらよかったのに──なんて。

 飲みにきた相手がトイレをすませているうちに、あたしは自分の小指を見た。紫色の糸はトイレに向かって続いている。
 べろんべろんに酒に溺れた彼は、店に出てもふらふらしているんだろう。それを見越したあたしは、介抱してあげるんだろう。電車のない真夜中、カラオケボックスの暗い一部屋で肌が触れれば、きっと彼はキスをしてくるに違いない。そして抱き寄せて、肩に顔を埋めて、またキスをして、手を絡ませて、強く握って、息が切れる感覚が短くなると胸を揉む。男なんてだいたいそんなもんだ。あたしはその愛らしい行為が好きだ。女なんてそんなもんだ。どっちも、そんなもんなはずなんだ。……はい、ここまで全て妄言です。
「わーりぃわりぃ。そろそろ出よっか」
 彼はテーブル下に置いていた自身の鞄を持った。
「あ、うん、そうだね」
 あたしもそれに続いてコートを着てから鞄を持った。スマートに先に会計をすませてくれていたため、店を出てから財布を開ける。
「いくらだった?」
「ん? ああ、いいよ」
「え、いいよ」
「いいって」
「よくない」
「いーの」
 少しムスッとした顔をしてみると、彼は「ばーか。次は奢ってもらうっつーの」と笑った。
「次、どこの店行こっかー」
「いやいや、いつも通りカラオケっしょ?」
「だよねだよねー。知ってた」
 彼、萩原研二とは月に一度、月末の業務終わりの翌日休みに飲みにいって、カラオケオールをして、家に帰る。そんな関係が続いており、すでに半年以上が経っていた。お互いに恋人ができず、人肌が恋しくて時間を潰す。
 でも、あたしたちの手が触れ合ったことは一度だってなかった。だからそれ以上、進んだこともなかった。この日だって、いつもと同じだった。なにもない。なにも。



 前回に萩原と遊んだ日から、大体一ヶ月が経ったころだっただろうか。
「ねえねえ。交通部の男の子が連絡先教えてほしいって言ってるんだけど。松永くん」
 お昼休みが終わる間際、同僚の女性が後ろから声をかけてきた。
「松永さんって、ちょっと背が低いひとですか」
「そうそう。肌が白くって、顔が綺麗なひと。前にかっこいいって言ってたわよね」
「あ、はい。もろタイプです」
「じゃあ……。連絡先教えてもいい?」
 お、これはイケメン彼氏ゲットのチャンス。
 あたしは近くにあった付箋に電話番号を書きなぐって彼女に渡す。
「これ、連絡先ですんで、どうか……」
「はーい、渡しておきまーす」
 自分のことではないのに、彼女は嬉しそうに自分の部署に戻っていった。その足取りは、まさに『ルンルン』である。

 終業後すぐに電話はかかってきた。もう少し仕事をしたいところだったが、この知らない電話番号はおそらく松永さん、とかいう交通部のひとなんだろう。
「はい、もしもし」
「あ、松永です。電話番号教えてもらったんで、電話しました」
「ああ、ありがとうございます。登録しておきますね」
「あの、早速なんですけど、きょう、大丈夫だったら飲みにいきません?」
「もう少し仕事したいので、待っていただければ」
「わかりました」
 相手から通話が切られたことを確認してからパソコンと向き合う。そういえば、明日は私も萩原も、休みだった。萩原には軽く『今日は無理そう』とだけ連絡を入れる。元々約束をしていたわけではなかったけど、きちんと連絡をするのはしていない約束を破ることへの罪悪感のせいである。
 ほんの三十分だけ残業をしてから携帯電話を取り出し、松永さんに電話をかける。
「はい」
 その声は一枚のしきりの向こうから聞こえてきた。
「実はここで待ってました」
 彼は無邪気な笑顔を見せて迎えてくれた。振ってくれた手には糸が絡まっていた。
 飲みに行くとだいたい流れは決まっている。ただ飲んで、しゃべって、たまに箸を進めて、会計する。それは萩原のときも、一緒だ。

「次、行ける?」
 いつもの萩原と同じ流れを踏んでから、松永さんは二件目が待ち構えている通りを指さした。後ろの道を歩けば駅がある。
「いいですよ。話、盛り上がったんで、ぜひ」
 彼の隣に近づいた。フラつくとふたりの肩がたまにぶつかった。それでも離れないのは、きっと彼もあたしも欲求不満だったからだ。

 三件目、と言えるほどお互いに元気はなく、本庁に近い都会に住めるわけでもない若いあたしたちはカラオケボックスにはいる。あたしは適当に言葉を繋いで、なんとか寝ないようにしていたが、限界が近づいてきて机に突っ伏した。
 眠そうな女を見ると、男は触れたくなる生き物らしい。そして、眠くなると女はもうどうでもよくなっちゃう生き物なんだよ。
 松永さんの手があたしの髪に触れた。優しく撫でた。その手が耳を触った。あごに下がって、首をくすぐる。その手をあたしが止めると、彼はあたしとの距離を縮めて、頬に触れて、顔を近づけた。頭を引いて逃げたあたしは壁にぶつかって、物欲しそうに彼を見上げ、ゆっくり、そっとキスをされる。短いキスのあとに、また連続で似たようなキスが続き、見つめ合ってからあたしを抱きしめ、髪を撫でながら顔をあたしの肩に埋めて、そのあと長いキスをして、彼はあたしの左手をとって指を絡め、少し声を漏らすと強く握り、唇を離したかと思えば強引なキスをして、お互いの息が切れてから、彼は恐る恐るあたしの胸に触れた。
 松永さんの愛撫は気持ち良かったけれど、カラオケボックスで最後までするほどの勇気なんてなかったから、あたしはとりあえずフェラだけして朝を待った。
 やっぱり、男の人ってこうなるよね。この紫の糸が間違っているはずがない。
 紫の糸は、相手の欲求を表していた。あたしとセックスをしたいと思えば小指に絡まる。
 なのに萩原研二だけは、あたしに触れてこない。
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