ぼくは恋と呼びますよ

『気持ち悪い 告白』そのワードを携帯電話で調べてみると、それなりにヒットはでていた。面白い告白があるなーと思うのと同時に、やはり男性はロマンチストなのだな、と思う。
 降谷先輩から「迎えにきてくれ」とだけ連絡がきたので、愛車のアルテッツァに乗ってここまできたわけだ。夜の七時ごろ、とは聞かされていたが、仕事がスムーズに終わる可能性も終わらない可能性もあるわけで、早めにやってきて誰にも見られていないのをいいことに背もたれを倒して携帯電話を見ていた。
 エンジンの止まった静かな車内で画面の文字を音読する。

「きみと出会うためにいままで生きてきた」

「俺のものになれよ」

「食べちゃいたい」

 かーっと喉を鳴らしてからひーひー言ってその字面を見て笑う。たしかに気持ち悪い。
 全てイケメンの降谷先輩に置き換えてみても、いや、ないな。まず絶対にあのひとはそんなロマンチストなことは言わないし、言っているところなんて想像もできない。まず字面が気持ち悪いから、ない。

「すきです、付き合ってください」

 一番夢見ていることばなのに、それを言ってくれる相手はいない。結婚の話がでてくるぐらいの年齢だから、正直お付き合いというのはうらやましい。
 ため息をついてから携帯電話をドアポケットに放り込む。もう一度寝転がって目を閉じていると、ドアがコンコンと叩かれた。目を開けて確認すると、思っていた通りそこには降谷先輩がいた。目が合うとすました顔のまま助手席に乗り込み、サイドブレーキ付近の収納ケースに置いてあった煙草に手をつけた。わたしは急いでさしっぱなしだった車のキーを回し、エンジンをかけた。運転席と助手席の窓を少し開けて通気性をよくする。

「自分の車では煙草吸わないくせに」
「なんだよ」
「べっつにー」

 運転席側のエアコンに取り付けたドリンクホルダーに乗った筒状の灰皿を渡した。

「直帰ですか?」
「家まで頼んだ」
「はーい」

 自分が咥えた煙草に火を点けてから、サイドブレーキをおろしてシフトノブを動かし、車を発進させる。
 こんなのただのいつも通り。このひとはあたしのことなど後輩としてしか思っていないし、あたしも先輩としか思っていない。別にむなしくもなんともないけれど、ただひたすらになぜこのひとには恋人がいないのだろう、と考えてしまう。職業柄恋愛に無頓着になってしまう気もわからなくはないが、彼も男なのだから恋愛というものに興味がないわけではないだろうに。
 煙草の火を消そうと、信号で停まったのを見計らって火を消した。降谷先輩の横顔を確認しようとしたが、彼は外の景色を眺めていたので、確認できなかった。

「今回の仕事もはやかったですね」
「あのていどならそこまでかからないさ」
「待ち合わせの時間に遅れたことありませんよね」
「間に合う時間を送るからな」
「できる男はやっぱり違いますねー」
「本当に、そう思ってるのか?」

 いつもなら鼻で笑われていそうなところなのに、珍しくその声は真剣だった。

「え、思ってますよ」
「そうか」

 だからなんだよ。
 コメントは後々が怖いので控えたが、どうやら彼は気分がよくなったらしい。

「よし、飯野、いまからのみにいくぞ。いつものところ」
「ちょっと、あたし車なんですけど」
「のまなければいいだろう?」
「あのねえ、降谷先輩……」

 まあ、ここまで気分良さげな彼は珍しいし、たまにはふたりで飲むのも悪くない。

「そういえばさっき携帯見てため息ついてたみたいだけど、どうかしたのか?」
「ああ、あれ」

 思い返すだけで笑いがこみあげた。それを抑えて、なおかつどう言おうかを悩んでから口にする。

「告白するなら、なんて言います?」

 きっといまの彼はきょとん、としているだろう。黙ったままの彼の表情を伺えないのは残念だが、運転中なのだから仕方がない。

 質問をしてすぐに着いた居酒屋に車をバックで停めようとシートベルトを外す。その隙に確認してみたが、隣のひとは目を閉じて腕を組んだまま止まっていた。

 難なく車を停めたが、いまだに動こうとしない降谷先輩。いい加減、肩を揺するために手を置いた。もしかすると寝ているのかもしれない。

「降谷先輩、いきますよ」

 すると彼の目がゆっくりと開いた。目が合い、そして口を笑わせる。

「ちょ、」

 かと思えば視点は一転。目の前にはあたしを見下ろす降谷先輩が、楽しそうに笑んでいる。助手席から乗り出した彼に、どうやら押し倒されたらしい。

 彼の顔が近づいて、距離がゼロになると耳元に息がかかった。

「すきだ」

 そして吐息混じりの音で、そう囁いた。

「や……! ふ、降谷、先輩」

 顔が離れると「おれならこうする」などとほざいたものだから、あたしは彼の肩を叩いた。

「なんってことするんですか! 頭おかしくなったのかと」
「ばかいうな」
「ひど」

 そしていつの間にか外していたシートベルトを無視して車を降りてしまった。あたしも必要なものを手に車を降りる。と、目の前にまた降谷先輩がいた。今度はなんだと言うのだろうか。

「お前、あれは反則だ」
「何言ってるんですか」
「こういうことだ」

 降谷先輩はあたしの横髪をかきあげて、耳にキスをした。

「すきだ」

 そして、また囁く。

 彼の顔の熱が消え、さっさと背を向けられてしまう。あたしは急いで扉を閉めて彼のあとを追った。

「え、いまのは、どういう」
「うるさい、付き合え」
「いまからお付き合いするじゃないですか」
「そうじゃない! もういい!」

 さっきのご機嫌はどこへやら。彼は怒りながら店にはいってしまった。

「待って、あれ、本気だったり、」

 いや、ない。ないな、降谷先輩だもん。

 あたしはため息を吐いてから、店にはいって降谷先輩の座る席についた。
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