やさしさなんて知らなくてよかったころ

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振り | ナノ




いきなりだった。バイトの休憩が終わるギリギリの時間、携帯のディスプレイに浮かんだ彼女の名前。久しぶりの彼女からの電話に、鼓動が早くなるのが分かった。付き合ってもう5年になるのに、俺は未だに彼女にドキドキしっぱなしだった。要するにベタ惚れなのだ。俺を呼び続ける携帯の受信部分を押して耳に近づけた。

「もっもしもし!!」

電話越しの彼女は何だかいつもと違う気がして、思わず疑問を投げ掛けてしまった。新鮮に感じるとかそうじゃなくて、何だか声が上ずっているような気がした。もしかして彼女も緊張しているのだろうか。そもそも彼女からの電話は珍しい。と言うか最近は電話をする機会が減っていたように思う。それにはちょっとした訳があったのだが、彼女に言ってしまうと水の泡になってしまうので、黙っていた。でもそれが彼女を不安にさせていたなんて、考えもしなかったんだ。電話の向こうで何かを言いたそうにしている彼女。どうしたのだろうかと不思議に思い、問いかけようとした時だった。

「おーい高瀬!!早く戻れっ!!」

時間切れだった。もう仕事場に戻らなくてはならない。だけど彼女の様子が気になった。彼女から電話してきたのに、まだ初めの挨拶ぐらいしかしてないのだ。何か声をかけようかと、口を開こうとした時だった。彼女がようやく声を出したのだ。「邪魔してごめん」彼女はそう言った。その声は酷く震えていて、彼女が泣きそうなのだと知った。何か言わなくちゃいけないと思うのに、彼女を泣かせずにいられるような言葉が浮かばない。このままじゃ一人で泣いてしまうだろう彼女が目に見えているのに。回転しない頭を必死に動かしていれば、また彼女から一言。それは謝罪の言葉だった。今度は多分泣いてしまったであろう声色だった。この時の俺は酷く焦っていただろうと思う。それに声も大きかっただろうし、情けない顔もしていただろう。だけどそれぐらい必死だったのだ。彼女を引き留める事に。彼女にバイトが終わったら家に行くと伝えた俺は、早く時間が過ぎればいいと思った。きっと彼女は良くない方向に考えてるだろう。そして泣いているのだろうと思う。一人で泣かせるなんて事、二度とさせないと決めたのに、現に俺は今彼女を一人で泣かせてしまっている。いつも俺は言葉足らずだ。こんな事になってしまうのなら、彼女に始めから全部伝えてしまえばよかったのだ。後悔の波に襲われながも、仕事を終え急いで彼女の元へと向かった。インターホンを鳴らせば彼女の声がした。俺だと伝えれば彼女との間に一瞬の沈黙。カチャリと音がしてドアの向こうから彼女が姿を表した。眉毛を下げて少しだけ腫れた赤い目に、俺は自分を殴ってやりたくなった。彼女を傷付けた。その事実が今目の前にあるから。そのまま俺は彼女を抱き締めてごめん、とだけ呟いた。泣かせてごめん、もう一度そう呟いた。彼女を見れば顔は晴れないまま、眉は下がったまま俺を見つめていたのだった。


epilogue



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