やさしさなんて知らなくてよかったころ

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振り | ナノ




久しぶりに聞いた声は儚くて、だけど何処か凛とした響きを持っていた。ずっと待っていたのに、名前を呼ばれる日をまたいつかと、期待していたのに、どうしてこんなにタイミングが悪いのだろうと思った。今は、俺のこんな情けない姿を見て欲しくなかった。只でさえ数年会っていなくて、彼女の中の俺がどう存在しているか分からないのに。こんなぐちゃぐちゃな気持ちで彼女と会いたくなかった。だけど現に彼女はいるわけで、これは逃れる事の出来ない事実であり、逃げてはいけない事だ。彼女と向き合う時がきたんだ。逃げてばかりの俺の目の前に、彼女はやってきた。伝えよう、彼女に。俺の気持ちを全て。洗いざらい、吐き出してしまおう。

「…久しぶり、元気だったか?」
「うん、準太こそ元気、だった?」
「ああ、」

当たり障りのない会話をする。元気だったか、なんて聞いてどうするんだよ。違うだろ、俺が言いたいのはそうじゃないだろう。分かってるのに、喉に詰まって上手く言葉が出てこない。まだ俺は恐れているのか。彼女との関係が崩れたあの日から、俺は心に穴が空いたみたいな喪失感を味わっていた。あの日どうしてもっと違う言葉を言えなかったのか。どうしたら彼女は俺の側に居てくれたのだろうと、後悔する日々を送った。彼女と再会できて、こうして少しでも話せた事が嬉しくて、また2人で居れるんじゃないかと期待している俺が居て。それをまた俺は壊そうとしているわけで。けれど決めたから。また彼女にもう一度会う事が出来たら、想いを伝えると決めていたから。それが今なわけで、その決心を口にするのが今なわけで。なのに口は言う事を聞かなくて、思うように言葉が出てこない。

「今日は、お疲れ様。なんだか知らない人みたいだった。」
「…えっ?」
「野球、してるの久しぶりに見たし、背とかも伸びてたし…。」

口をもごもごさせる彼女がなんだか可愛らしくて、抱き締めてしまいたかった。俺を知らない君がいるように、君を知らない俺もいる。変わったのは俺だけじゃない。君も変わっていたんだ。あの頃の儚い君は面影を残しているけど、それは弱々しいものではなくて、女性特有のものだと思う。彼女が過ごしてきたこの数年の間に、彼女は出逢いによって変わったのだと思った。何処か芯を持っている彼女に、俺は嬉しく思うのと同時に少し寂しく思った。俺がいない時の中で彼女は今の自身を手に入れて、そしてそれは俺がいない間に出来たもので。だから寂しく思ってしまったんだ。

「あのさ、聞いて欲しい事があるんだ。」
「…うん。」
「俺さ、ずっと──」

口に出して伝えてしまえば、それはあまりにも単純な言葉で、一番相手に届く言葉だと思った。自分の気持ち全部をその一言に乗せて、彼女の目を見て伝えた。キザっぽいかもしれないけど、彼女の瞳は本当に綺麗で、吸い込まれそうになる。一方的に想いを伝えた俺を君はどう思うだろう。今さら勝手なやつだと怒るだろうか。伝えられれば言いと思った。だけどそれは一人よがりだ。彼女の思いもきちんと受け止めないといけない。例えそれがどんなにきつい現実でも。

「本当に…言って、る?」
「えっは?」
「さっきのは、本当にっ…?」

そこには涙を流す彼女がいた。はらはら流れ出るそれに、俺は魅入られていた。ただひたすら彼女は俺が言った言葉の真意を確かめる。嘘なんて言うわけがないだろう。本当に決まってる。あの日から俺はずっと君が好きなんだ。ずっとずっと、

「好きだ…。」
「うん、わっ、しもっ…!」



(やっと君を抱き締められた)



101026


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