やさしさなんて知らなくてよかったころ

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目を覚ますとそこは、見覚えのない真っ新な天井だった。まだ覚醒し切らない頭の中で、幸せな夢の余韻に浸っていた。まだ父親が生きていたあの頃。家族で遊びに行った公園で、はしゃいでいた私を優しく見守る両親がとても好きだった。もう、現実にはならないこの夢に涙が頬伝ったのが分かった。


「…名前?」


隣でずっと聞きたかった懐かしい声がした。ずっと側にあった声が、今どうして聞こえるのだろうか。ここはまだ夢の中なのだろうか。そっと視線だけを声のする方に向けてみれば、そこには真っ赤な髪をした彼がいた。そして左手には彼の温もり。ああ、あの夢を見たのはこの手の暖かさからだったのかと知った。


「    、 ? 」


彼の名前は音にならずに、ただ空気が振動するだけだった。それでも彼は優しく笑ってくれていて、ああ全部知ってしまったのかと思った。こんな汚い私を嫌いになるだろうか。全身が、紫や緑やくすんだ色になってしまった私を、征十郎はどう思うのだろう。怖くて、堪らなくなった。



「良かった…。もう、目を覚まさないかと…!」



私を抱き寄せて、振り絞るような声で征十郎は言った。私から突き放したのに、私が征十郎を避け始めたのに、どうして彼は私の心配をしてくれるのだろうか。これが幼馴染みの情けとでも言うのだろうか。

音にならない声を、振り絞ってみるが、やはり私の声にはならなかった。母親に私の存在を否定されたあの日から、私は声を出す事ができなくなった。大好きだった母親に、存在を否定されてしまった事は、私にとっては鈍器で殴られたかのようなショックだった。私は要らない子だったのだと思った。望まれていた子どもではなかったのだと思った。

けれど、こうして今、征十郎が私を心の底から心配してくれていた。私が目を覚ますまで、ずっと手を握っていてくれた。それだけで、もういいのではないかと思う程に、私は幸せに包まれていた。そして小さく征十郎の背中に腕を回した。



「教えてくれ、全部。名前にあったこれまでの事を。」
「、」
「時間が掛かっても構わない。声が出ないのなら、筆談でもいい。」
「全部、聞く。受け止めるから。だから」



話してくれ、と征十郎は言った。こんな汚い私を、本当に征十郎は受け止めてくれるだろうか。本当に、私を嫌いにならないでいてくれるだろうか。不安が心を占める中で、抱き締める腕が更に力を増した事に気が付いた。征十郎なら、大丈夫かもしれない。そんな思いが頭を過った。そして私は征十郎の肩に頭を乗せて、小さく頷いた。





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