やさしさなんて知らなくてよかったころ

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いつから私の声は失われてしまったのか。小学生の頃はまだ、話せていたはずだ。征十郎の名前もまだ呼べていた。そして隣にはいつも征十郎が、居た。何をするにも一緒で、本当に仲良しだと、大人たちが口癖のように話していたのを覚えている。もちろん小学生にもなれば、異性に対する意識も芽生えてくるわけで、からかいの対象にもなった。けれど私は全くと言っていい程気にしなかった。隣に征十郎が居ればそれだけで良かった。今から考えれば、これが依存だったのかもしれない。


私の声が出なくなり始めたのは、母親が心を病んでしまった頃からだ。父親が事故で命を落としてしまったその日から、母親は壊れてしまった。元々繊細な人ではあったのだ。そこに最愛の人を亡くしては、壊れるのは当然の事だったのかもしれない。私は父親も母親も好きだった。だから母親が立ち直れるように、必死に励まし、家事をし、明るく笑顔で居るよう務めた。けれどそれがいけなかったのだ。母親は父親が亡くなったというのに、へらへらと笑って過ごしている私を嫌悪した。そして嫌悪の対象となった私は、母親の暴力を受ける事になったのだ。


初めはこれであの優しかった母親が、戻ってきてくれると信じていた。けれど、現実は甘くはなかったのだ。母親は日々荒れていき、私に振るう暴力も増えていった。そして、父親が命を落としたのは私のせいだと言い出した。父親は、道路に飛び出した子どもを庇って命を落とした。その子どもは丁度私と同じくらいの年齢だったらしい。父親は優しい人だった。いつも穏やかに笑っていた人だった。そんな父親に優しく笑い返す母親が好きだった。私は両親がとても好きだった。


暴力を受け入れ続け、数年が経った。中学生になった私は、それまで少しずつ避けていた征十郎と完全に、関わりを経った。家を引っ越したという事もあるが、それ以上に私はもう征十郎の側に居る事は許されないと思ったからだ。家を引っ越した理由は、母親の再婚だった。母親は落ち着きを取り戻していった。けれど、母親が連れてきた新しい男はどうしようもない奴だった。何故母親がこの男を選んだのか分からなかった。働く事もせずに、毎日遊びに行く。母親はお金を稼ぐ為にパートに出た。新しい男は最低だった。ようやく母親の暴力から逃れる事が出来たと、母親が立ち直ってくれたと思ったのに、今度はその男が、私に暴力を振るってきた。ただの暴力だけであったなら良かった。次第に女へと変わっていく身体が憎かった。女として生まれた事を初めて恨んだ日々だった。


征十郎の側には居られない。
もう、隣で笑い合う事も、手を繋いで歩く事も、もう、何もできない。こんな汚い私はもう、誰にも必要とされない。汚れてしまった私は出なくなった声と共に闇に堕ちて行く事しかできないのだ。





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