やさしさなんて知らなくてよかったころ

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「何してるの…?」

最初は不思議な人だなあと思った。独特の雰囲気を持っていて、正直ちょっと近寄りがたい感じの人。そして偶然、私は目撃してしまったのだ。夏目くんが一人で喋っている所を。そこにまるで誰か居るかのように、普通に会話をしていた。最初は気のせいだと思って、その場から去った。けれど、それを何度か目撃してしまうとさすがに私の気のせいだと思い込むことは難しくて。夏目くんは何かと話す時、よく辺りを気にしていた。誰かに見られていないか確認していた。要するに、私が夏目くんのこの状況を知ってしまっている事は、彼にとってとてもよろしくないってことになるのだ。だけど私は夏目くんのことが気になってしょうがなかった。

「…そこに誰か居るの?」
「いっ居ない、」
「じゃあ夏目くんは独り言を言っていたって解釈でいいの?」
「あぁ、」
「分かった、安心して。言いふらすつもりなんてないから。ただ一つお願いがあるの。」
「…何?」
「私とお友達になって欲しいの!」

こうして半ば強引に、私と夏目くんはお友達になった。って言っても、最初の方は全然話してくれなかった。まあ、当たり前と言えばそうなのだけれど、私は純粋に夏目くんとお友達になりたかったのだ。彼が持つあの雰囲気に触れてみたいと思った。どんな事を考え、何を思い生きているのか知りたくなった。しばらく一緒に過ごせば、夏目くんは普通に私と話してくれるようになった。警戒心を解いてくれたみたいで、私はとても嬉しかった。これで漸く夏目くんとお友達になれたと思ったから。

「夏目くんおはよう!」
「ああ、おはよう。」
「今日は調理実習があるから後で夏目くんにあげるよ!」
「うん、ありが…膝、どうしたの?」
「えっ?ああこれ、さっき転んじゃったんだよ。ドジだねー。」

最近何だか転ぶ回数が多くなった。そんなにドジな方だと思ったことはないけど、もちろん運動が出来る方でもない私は、身体が疲れてるのかな、なんて思っていた。だから気付くのが遅くなった。そうなんだ、よく考えてみれば転ぶ前にいつも誰かに押されてる気がしていたんだ。でもそんなのは気のせいだと思っていたのだ。そう、思いたかっただけかもしれないけれど。だから対して気にも止めないでいた。そしたら夏目くんに怪我したところを見つかってしまった。別に隠すつもりもなかったけれど、何となく自分からは言わずにいた。大きな怪我をするわけでもなかったし、ましてやかすり傷ぐらで夏目くんに報告する方が変だ。だから今日も、何事もなかったかのように生活していた。それが夏目くんを傷付ける行為だと気付かずに。

「うん、上出来!」
「わあ、美味しそうだね。」
「ふふっありがとう!夏目くんにあげるんだ!」
「夏目くんに…?」
「うん、多軌ちゃんも一緒に行く?」
「行きたいのだけれど、ちょっと先生に呼ばれてるの。」

多軌ちゃんをお誘いしたけど、どうやら用事があるらしく、一緒に行くことは出来なかった。手には二つのチョコマフィン。私からと、多軌ちゃんから一つずつ夏目くんに。喜んでくれたらいいな、なんて考えながら夏目くんの教室まで歩く。そこで事件は起こってしまった。階段を降りようとしたその時、またあの感覚がした。最近転ぶ前に感じる変な気配。まるで其処に何か居るような、変な感覚。そしてその何かが私の背中を押したのを、私ははっきりと記憶してしまった。落ちていく瞬間、見えないはずの何かが、笑っていたのは気のせいではないと思う。ずっと私を転ばせていた何かは、確かに笑っていた。そしてそのまま、私は意識を手放してしまったのだ。

「ん…、」
「!気が付いた…?」
「ここ、は…?」
「病院だよ、階段から落ちたのを覚えてる?」
「あっ、そっか。階段から落ちたんだっけ。」
「…どうして落ちたんだ?」
「あー、何かに押された気が…。」
「何か?」
「うん、人っぽかったけど、多分人じゃないよ…、よく分からないけど。」

そう言った時の夏目くんの顔が忘れられなかった。凍ったようなその表情の中に、哀しさが溢れていた。夏目くんの瞳の中に、哀しさが溢れていたのだ。そうして顔を歪めた彼はだだ一言、私に呟いた。どうして、なんて疑問を投げ掛けても、彼はごめんと繰り返すだけだった。その言葉がやけに重くて、私は何も言うことが出来なかった。まるで私が階段から落ちたのは夏目くんのせいだとでも言うように、彼はただひたすら私に謝り続けた。きっと、夏目くんは私を階段から突き落とした何かを知っているのだ。それは夏目くんがいつも独り言を言っていたことに関係があるのだな、と私はふと思ったのだ。そんな彼はもう二度と私と話しくれなくなった。

「夏目くん!どうして私を避けるのよ!私何かした!?」
「何も、してないよ。」
「だったらどうして…!」
「俺、妖が見えるんだ。」

突然の告白だった。夏目くんは静かに私に告げた。夏目くんの祖母が妖を見れたこと。その血を引く夏目くんにも妖が見えること。そして、その妖が私を階段から突き落としたこと。妖たちは夏目くんが持っているものが欲しくて、夏目くんの所に集まってくる。素直に来るものも居れば、当然悪意を持ってくる者も居る訳で。今回は後者で、その標的が私に向かってしまったこと。夏目くんは丁寧に話してくれた。けれど、その彼はこの日を境に私と話すことを止めてしまった。

「夏目くん!待ってお願い!」
「…もう、俺に話しかけちゃダメだ。」
「私、平気だよ。妖なんて怖くないよ。だから、」
「俺が嫌なんだ。これ以上巻き込みたくない。」
「それでも私はっ!」
「ごめん。」

その言葉一つで全てを断たれてしまった。もう夏目くんのお友達だなんて言えない。ただの同級生に元通り。夏目くんに、突き放されてしまった。私が夏目くんの側に行きたいことを見透かされてしまった。そして夏目くんはそんな私を突き放した。来ては行けないと、言われてしまったのだ。そうなのだ、夏目くんから話を聞いた時、私も夏目くんが見る世界に行こうと思ったのだ。離れたくなくて、側に居たくて、私は必死に手を伸ばしたのだ。でも、それは虚しく宙を舞っただけで、夏目くんはこの手を取ってはくれなかった。巻き込みたくないと彼は言ったけれど、私は巻き込んで欲しかったんだよ。夏目くんの世界に居たかったんだよ。私は最初から夏目くんに惹かれていたんだ。夏目くんが好きで、大好きだったんだ。もう、この思いを伝える術は無くなってしまった。そうして私はたった一人、この想いを燻らせるのだ。



(そしたら貴方の世界に行けるのに)



***
花吐き様に提出。
参加させて頂きありがとうございました。

胡已 111019
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