やさしさなんて知らなくてよかったころ

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私が3年生になった時、それは起きた。何となく嫌な感じがしたのは事実だった。ずっと誰かに見られてる気がして、怖くなった。けれど私の勘違いだと思い込んで、そう思いたくて、私はその日を過ごしていた。日頃から幼馴染みでもある一樹から一人にはならないように言われていた。だから極力誰かと一緒に居るようにした。殆どは生徒会室にお邪魔して、月子ちゃんとかとお喋りしたり、仕事を手伝ったりしていた。けれどこの日は違った。生徒会室に居たのは私と一樹だけで、月子ちゃんは部活、青空くんは先生に呼ばれてて、翼くんは発明品を持って何処かへふらり。こんなにこの場所が静かなのは珍しくて、何だか違和感。一樹が書類に目を通すのを眺めながら私暢気にお茶を飲んでいたんだ。

「何だか珍しいね、こんなに静かなの。」
「そうだな、今日は特に翼が居ないからな。」
「たまにはいいね、静かな生徒会室。」
「そうだ…っ!?」
「一樹?」
「月子が危ない、」
「えっ?」

そう呟いて一樹は今まで目を通していた書類を投げ捨て、飛び出して行った。月子が危ないといった。確か月子ちゃんは部活に行っているはず。そんな彼女の身に何が起きたのだろうか。きっと一樹は視えたのだ。一樹が持っている星詠みの力。それが一樹を苦しめてきたことも知っているけれど、今はその力を人の為に使おうとしていた。そんな一樹の姿に酷く安心感を覚えたことは忘れられない。一樹に大切な人が出来た。それが嬉しかった。だけど、実はほんの少し寂しい気持ちもあったのは内緒だ。飛び出して行った一樹、月子ちゃんがどうか無事であるように願った。一樹が戻るまで待ってよう。そう決めた時、生徒会室の扉が開いた。

「月子っ!」
「一樹会長…!」
「ちっ…!」
「待て!」
「かっ一樹会長。」
「大丈夫か?何もされてないか?」
「はっ、はい。大丈夫、です。」
「良かった。」

騒ぎを聞き付けて、誉がここにやって来た。とりあえず事情を説明して、月子を任せた。俺が視たものが現実にならなくて良かった。そう安堵の溜め息を漏らした後、何だか引っ掛かりがとれずに嫌な感じが俺を支配した。俺が視たものは阻止出来たはずなのに、何故こんなにも胸がざわつくのだろう。俺は何か見落としているのだろうか。何か、大事なことを見落としているのか?

「ありがとう一樹。夜久さんは僕が責任を持って送っていくよ。」
「ああ、よろしく頼む。」
「そう言えば真千は?もう寮に帰った?」
「いや、生徒会室に…!」
「一樹?!」

それか、この胸騒ぎは真千か。どうして一人きりで、置いてきてしまったのだろう。最近何だか誰かに見られているとか、そう俺に言っていたじゃないかっ!あいつにも一人きりにならないようにって言っていたのに、俺が真千を一人にしてどうする。どうして肝心な所で俺の力は発揮されないのだろう。どうして大事な人の時にこの力は使えないのだ。全力で生徒会室まで走って走って走りまくる。俺を不審な目付きで見てくる奴らなんか気にしている余裕はない。今は一刻も早くあいつの元に行かなければならない。どうか、どうか無事でいてくれ。そう願いながら全力で駆け戻った。

「真千っ!」
「なっ…!」
「お前何してんだっ!」

真千の上に覆い被さっていた奴を力いっぱい殴り付けた。地面に叩きつけられて悶える奴は捨て置き真千を抱き起こす。そこには目に溢れんばかりの涙を貯めた真千の姿があった。シャツの前ははだけ、白い肌が晒されていた。小刻みに震える真千、力いっぱい彼女を抱きしめ、安心させるようにゆっくりと頭を撫でた。大丈夫だと、彼女に囁き、一度彼女から離れ、俺のブレザーを肩にかけた。そしてまだ地面に悶える男を睨み付けた。真千はまだ震えていた。

「お前、自分が何したか分かってるんだろうな。」
「ひっ…!」
「先生方には俺から言っておく。覚悟しておくんだな。」

一樹が今まで聞いたことのないような低い声で睨み付けていた。私を襲った男は一樹のそんな姿を見て、腰を引きながら生徒会室を飛び出して行った。それを確認したら何だか気が抜けて、涙が溢れ落ちてしまった。怖かった、怖かった。知らない人が私の体を触ってきた気持ち悪い感触。それがいつまで経っても鮮明に思い出されてしまう。その感触を忘れたくて、自身を抱き締めて、きつく爪を食い込ませた。血が出てしまうのでは、もういっそ血を流して全てを忘れてしまいたいと思い、更にきつく爪を食い込ませた。

「真千、止めろ。もう大丈夫だから。」
「か、ずきぃ」
「ごめん、一人にするべきじゃなかった…。」
「こわ、怖かったっ」
「ああ、ごめん。」

一樹が力強く私を抱き締めてくれた。そしたら段々落ち着いてきて、震えも少しずつ治まってきた。けれど記憶はまだ鮮明に残っていて、それを打ち消そうと、私は一樹の肩に顔を押し付けた。そしたら一樹も更に強く抱き締めてくれた。安堵の涙が一筋頬を伝ったのが分かった。



(もう二度とそんな思いはさせないから)



110813
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